◇
「仮面、ライダー」
「はい! 貴方を助けに来ました!」
ファンシーな色合いのバギーが私達を乗せて高く飛び上がる中、仮面ライダーは私に対して元気良く答える。割と高い声をしているから、女性なんじゃないかと思うが……それだけで断定は出来ない。
「私の眷属が、グラニュートと戦っている似た人がいるって報告してくれたので。多分貴方のことですよね?」
「ああ……はい、そうだと思います」
「しっかし、あのグラニュートは派手にやってくれますね。後は私がなんとかしますから、しばらく休んでいてください!」
言いながら、仮面ライダーは自身の胸を握り拳でぽんと叩いた。優しい行動だ。いつもこうやって誰かを助けているのだろう。だが、今は黙って休んでいる訳にはいかない。
私は息も絶え絶えに、力を振り絞って上体を起こす。
「……いや、戦わせてください」
「え? でも、さっき受けたダメージが──」
「アイツの能力を知っているのは私だけです。足を引っ張るようなことはしないので、お願いします」
私の言葉に、仮面ライダーは少し俯いて黙り込んだ。仮面越しにも迷っているのが分かる。以前、酸賀に物凄い勢いで絡まれていた時の姿を思い出した。
しかし、少し経ってから顔を上げると、
「分かりました。ダメそうだったらすぐに言ってくださいね!」
と、その迷いを見せずにはっきりと答えてくれた。
「……ありがとうございます」
「いえいえ!」
相槌を打ちながら、仮面ライダーはどこからか小さな生き物を取り出し、腹部のデバイスめいた何かにセットする。
《Marshmallow!》
「それは……?」
「マシュマロの眷属です!」
腹部のハンドルが回され、それに合わせて身体から白いエネルギーの粒が放出されていく。ボタンを押してそれらが取り込まれると、たちまち身体が大きな白い塊に包まれた。
《Fuwamallow! Fuwafuwa〜》
「姿が変わった……!? こんな姿、見たことな──わぷっ!?」
変身に驚いたのも束の間、私は軽々と仮面ライダーに抱き上げられる。ふわりと嫌な浮遊感を覚え、反射的に下を見てしまった。
「──ひっ」
高い。高度がめちゃくちゃにある。そこそこの時間上方向に飛んだのだから当然と言えばそうなのだが、私がつい先程までいた雑居ビルを三つ積み上げたくらいまで上昇していた。
「これから、貴方が吹き飛ばされた場所に飛び込みます! しっかり掴まってください!」
「飛び込むんですか!? パラシュートもなしで!?」
「さん、にい、いち!」
「ちょっ、ちょっと心の準備が──」
「とぉーうっ!!」
直後、仮面ライダーがバギーから足を離し、私達は重力に従って落下していく。それは予想していたものよりは緩やかだったが、私の悲鳴を掻き消すには十分すぎるくらいの強風がごうごうと鳴る点で最悪だった。
冷気に殴りつけられながら必死で壁穴を視認する。しかし、殆ど垂直に落ちているものだから、私達がその中に入る軌道など想像も出来ない。
「死にません!?」
「────」
「これ、死にますよね!?」
「────」
向こうも話していることは分かるが、案の定その内容は聞き取れない。どこまで最悪なんだと思ったが、もはやこの状況では聞き取れない方がいいかもしれない。絶望せずに済むから。
私達と地面との距離はみるみるうちに縮まっていき、道路に刺さった標識の色まで見え始めた。高さは雑居ビル二つ弱といったところか。もうそろそろ何かを準備してもいい頃なのに、仮面ライダーは以前私を抱きかかえたままだ。
ここまで来たらもう信じるしかない。流石に何か生き残る術があるはず。祈るように眉間に皺を寄せ、歯を食いしばる。
「衝撃に備えて!」
その直後、風の音に負けていた仮面ライダーの声がようやく聞こえた。私を抱えたその身体が一層丸まるのを感じ──ぐわん、と世界の全てが激しく揺れる。
「ぐ、ぅぅぅううう!!!」
旅客機が墜落したかのような──実際私達は墜落しているのだが──衝撃を受け、ぎりぎりと歯を鳴らす。しかし胸中では、そのインパクトに対する恐怖とは比べ物にならない程の驚愕を抱えていた。
とんでもない高度から落下したにも関わらず、私には強力な吐き気を催す振動しか届いていない。それどころか私を覆う白い巨体は地面をバウンドし、壁が崩壊した箇所へ完璧な放物線を描いた。
「失礼しまーす!!」
一切必要のない断りと共に、仮面ライダーは崩壊したエレベーターの向こう、廊下へと完璧に着地する。背を向けたグラニュートが驚いて振り返る中、私は地面に下ろされた。
「あららっ、もしやお仲間ですか? 完全に始末したと思ったのですが」
「貴方が皆さんを攫っていたグラニュートですね! ここで会ったが百年目、凶行を止めてみせます!」
「二対一ですか! 初めての体験ですねぇ、ゾクゾクしますよぉ!」
グラニュートは愉快そうな声を張り上げながら、私達へそれぞれの手を向ける。
「気を付けてください! コイツ、小魚を手から銃弾みたいに撃ってきます!」
「魚ですか!?」
「もぉ〜、ネタバレは厳禁ですよ!」
瞬間、グラニュートの両手から小魚が射出された。それらは二つの弾道を描いてこちらに迫る。
「うわぁホントなんですね!? だったら、私の後ろに隠れてください!」
「はい!」
提案に従い、私は自身を狙う小魚が到達するより早くに動き出し、仮面ライダーの背後に回った。
「受け止めてみせます!!」
仮面ライダーがそう叫ぶと、腹部の赤い器官が光り出す。
その光は瞬く間に大きくなり──『フワ』という文字を象った謎の物体を一つ、瞬時に生成した。
「何これ!?」
「クッションです!」
仮面ライダーがクッションと呼んだそれは、グラニュートが高速で射出した小魚をいとも簡単に跳ね返す。勢いを失くした小魚は、周囲の地面にぺちぺちと小さな音を立てながら散らばった。
「そんなっ! 私の子供達が貫通すらしないのですか!?」
「当然です。柔らかいということはダイヤモンドよりも壊れない、ですからっ!!」
「……まあいいでしょう。別のやり方で殺せばいいだけですし?」
二人はお互いの出方を伺いながら牽制を始めた。どちらがどの手札を切るか、実力がないとそもそも生まれることすら無い駆け引きだ。疑っていた訳では無いが、やはり仮面ライダーは強いのだと感じる。
「……手札、か」
私が今使えるのは、そこそこの身体能力と火力負けする単発射撃、後は一切意味を成さない液体噴射だ。相手との距離があれば弾除けが効果を発揮するが、向こうの銃口が手にある関係上、取り回しが早すぎて馬鹿正直に近づけば簡単に撃ち抜かれてしまう。角待ちは既に使ったし、攻撃に関しては単独で切れる手札がない。防御も同じようなこと。
要するに、今の私は仮面ライダーにおんぶに抱っこなのだ。いるだけのお荷物で、本来必要ないはずの気遣いをさせている。優しそうだし咎めはされないだろうが、それに甘えず危機感を持たなければいけない。私に出来ることは何だ?
「距離を詰めます! チョコレートさんはいい感じに援護を!」
「チョコっ……はい!」
仮面ライダーは文字クッションをグラニュートに向かって蹴り飛ばすと、動く遮蔽として用いて走り出した。
「覚悟ォー!!」
「なるほどなるほど、そう来ますか。ならばどう対処しましょうかねぇ」
対して、グラニュートは身構えもせずに顎に手を当て思案する。声もゆったりしているし、どこかズレていると言わざるを得ない。余裕がある? なぜ? 元来の狂人ムーブというだけなのか?
いや、思考を止めてはダメだ。無理やりにでも頭を回せ。何か裏があるはずだ。でなければアイツはもっと早くに最適な行動を起こしている。的確に壁越しの生き物を撃ち抜く程の奴なのだから。仮面ライダーが着実に迫る今、わざわざ待機を選択するということは、待つことこそに意味があるはずで。
「既に布石が打たれている、としたら」
その瞬間、脳内を駆け巡ったのはただ一つの記憶。宙に浮かぶ魚群だ。そうだ、おかしいのだ。それは明らかに性質の違う攻撃だった。グラニュートの身体から離れた、銃弾とはまるで違う挙動。それは自由に世界を泳いでいた。
「──まさか」
私は即座に彼らを、仮面ライダーとグラニュートを視界から外す。より正確に言えば、下方を、床を、その上に散らばった小魚の動作を確認する。
それらはびちびちと規則正しく跳ね、頭部を仮面ライダーへ一斉に向け始めていた。恐らくは、背中を撃ち抜くために。
「やっぱりか!」
私はヴァレンバスターの銃身を開き、チョコの液を地面にこれでもかと撒き散らす。大量の小魚は波の中で縦横無尽に押し流されて、目標への正確な角度を乱されていた。
「嘘っ、もしかして気づいちゃったのですか!? ですが、そんなショボい妨害をされた所で──」
「残念ながら、もう遅いよ」
直後、銃身を閉じ、金属が擦れる乾いた音が響く。
床一面に広がっていたチョコは凝固し、波打っていた表面をそのままに、動線そのものを塗り潰した。小魚はわずかな動きすら封じられ、完全に閉じ込められている。
「奇襲したかったんでしょ? ご丁寧にブラフなんて使っちゃってさ。アンタが直線的な射出をするのはあくまで威力と速度を向上させるための方法で、実際の能力は自在な操作って訳。違う?」
「ぐぬぬ……! 悔しいですが正解です!」
「そうなんですか!? チョコレートさん、すごいです!」
「チョコっ……そんなことより攻撃してください!」
「はいっ!!!」
仮面ライダーは元気良く言葉を返すと跳び上がり、腹部から生成した剣でグラニュートを真っ直ぐ斬り下ろした。
「とりゃーーー!!!」
「うわぁぁあッ!!」
グラニュートは斬撃をまともに浴び、間抜けな声を上げて地面に倒れ込む。
「そんなっ! 私が負けるなんて……!」
私は再び銃身を開き、仮面ライダーはゆっくりとレバーを回した。
《Charge me!Charge me!Charge me!》
「どうしますか? 二度と闇菓子に関わらないか……この場で私達に倒されるか!」
「絶対に屈しませんよぉ! 貴方達にはね!」
「──分かりました」
仮面ライダーが腹部のボタンを押す。すると、身体に付いていたいくつもの大きなマシュマロが切り離され、それらはグラニュートを全方角から挟み込んだ。
《Fuwamallow Finish!》
「チョコレートさん、お願いしますッ!!!」
「はい!!!」
銃身を閉じ、身動きの取れなくなったグラニュートに向かって特大の弾丸を打ち出す!
《 Chocodon 》
放たれたそれは、空気を震わせながら一直線に突き進む。マシュマロの拘束で逃げ場を失ったグラニュートの身体が強くしなった。
「負けるなんて! ああ、また会うのが楽しみ!!!」
次の瞬間、弾丸が命中した箇所から甘く焦げたような音が鳴り──圧縮された力が行き場を失って内側から膨れ上がった。眩い閃光と共に、爆風が周囲を包み込む。
衝撃が収まった時、そこにあったのは黒く焦げた痕跡だけだった。
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「……あれ? 魚のモンスターは……って、私の服と書き置き? も〜、意味分かんないんだけど!」
窓を越え、本物のタマキさんの声が外で待機している私達の耳に届く。叫び声ほど切迫してはいない。困惑と苛立ちはあれど、パニックには陥っていないようだった。それを確認した瞬間、胸の奥に溜まっていたものがふっと抜け、安心感から私は小さく息を吐いた。
「いいんですか? 直接説明しなくて」
「はい。突然目の前に現れたら、もっと混乱させちゃいますから」
「……いつもこうしてるんですか。大変ですね、色々と」
「仕方がないことです! 私達の姿は非日常そのもの──いくら相手が優しい方でも、理解しやすい適切な順序というものがありますので!」
勢い良く言い切ると同時に、仮面ライダーは人差し指を私の顔に向かってずいと突き出す。
「このことは、チョコレートさんと私だけの秘密です!」
「チョコっ……あの、私一応ヴァレンって言います。仮面ライダーヴァレン」
「あら、そうなんですか!? カッコいい名前ですね〜、ヴァレンさん!」
今度は一転して丁寧に、噛みしめるように名前を呼んでくる。どうやら、ダサい名前で固定される最悪の未来は回避できたらしい。
「まあ、貴方の後輩みたいなものですね」
「こ、後輩!?」
素っ頓狂な声。一瞬、マスク越しでも分かるくらいに目が輝いたような気がした。
「そっちは名前あるんですか?」
「名前ですか、名前名前……うーん、赤ガヴとか?」
「自分の名前なのになんで疑問形なんですか……じゃ、ガヴ先輩って呼びますね。赤ガヴ先輩はちょっと長いし」
「ガヴ先輩!?」
まただ。中々に感情が忙しい人だな。
「これからよろしくお願いします、ガヴ先輩」
「先輩……先輩……えへへ。こちらこそよろしくお願いします、ヴァレンさん! 何でも言ってくださいね! 私、先輩ですから!」
頼りがいのある言葉。うん、確定だ。先輩扱いされて舞い上がってるんだ、この人。まさか肩書き一つでここまで機嫌が良くなるとは。
でも、この状況はこの上なく好都合だ。元々私の目的は仮面ライダーから小さな生き物を貰うことなのだから。何でもと本人が言ったし、ありがたく利用させてもらおう。
「だったら、ガヴ先輩に付いて回ってる白いチョコの生き物を貰えませんか? ……その、変身するのに必要なんですけど、自分じゃ作れなくて」
「そうなんですか! それは大変ですね〜、先輩に任せてください!」
ガヴ先輩はそう言うと、集まってきた白い生き物に対して「ヴァレンさんをお願いします、眷属の皆さん!」と言い聞かせながら手の平に乗せた。その数なんと脅威の七体。利用している私が言うのもアレだけど、チョロすぎてこの人の日常生活が心配になる。
「どうぞ! これからも欲しくなったら言ってください!」
「ありがとうございます、本当に助かります。というか、この子達は先輩の眷属なんですね」
「そうみたいですね!」
「みたいですね、って……先輩のことですよ?」
「あはは、それはそうなんですが……」
ガヴ先輩は気まずそうに笑うと、「コホン!」と明らかに擬音に合っていない声量で空気を変えた。
「では、そういうことで。私はこれからパトロールがありますので!」
「了解です。またどこかで会いましょう」
「はい! また今度です!」
ガヴ先輩はくるりと踵を返すと、軽やかな足音を立てながら遠ざかっていく。角を曲がる直前、思い出したように大きく手を振ってから、その姿は建物の影に溶けた。
後に残ったのは、手の平の上でむにゃむにゃと動くチョコの眷属だけだ。鳴き声だから当然と言えば当然なのだが、何を言っているのかは分からない。
「……なんか、嵐みたいな人だったな」
けれど、不思議と悪い気はしなかった。
「あの人もストマック社と戦ってるんだ。まさか仲間が出来るなんて思いもしなかった」
「そうね。私も、まさかあの子達が嘘吐いて楽しんでるなんて思いもしなかったわ」
「うん。嘘……嘘?」
私の背後を取っていた彼女は──
「ぐッ!?」
蹴り一つで、いとも容易く私を水平に吹き飛ばした。
「全く。仮にもストマック社の末っ子なんだから、自分のバイトの管理くらいしっかりして欲しいわよねぇ」
「末っ子? 何の話を……」
「まぁいいわ。アンタ、最近バイトにちょっかいかけてるお邪魔虫よね?」
「そうだと言ったら?」
「遊んであげる」
黒いドレスに身を包んだ彼女はどこからか銀色の杖を取り出し、それを伸ばすと──紫に煌めく大鎌を作り出した。
「精々楽しませなさい?」