鬼畜兄と入れ替わった【忌み子令嬢】、ゲーム知識で推しのバッドエンドを叩き潰す   作:月城 友麻

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4. 邂逅

 さて、そろそろ時間だ――――。

 

 リリアナは騎士団へ向かいながら、頭の中で情報を整理していた。

 

 ゲームでは語られなかったが、この世界には『隠し要素』がたくさんある。リリアナは何百時間もプレイする中でそんなバグとかとも思えるようなグリッチをいくつも発見していたのだ。

 

 騎士団の門が見えてきた時、リリアナの足取りが自然と遅くなる。

 

 巨大な石造りの門。朝日を受けて銀色に輝く紋章。そして、門の向こうから聞こえてくる剣戟の音と、若い騎士たちの掛け声。

 

(この向こうに、カイルがいる)

 

 胸が高鳴る。十一年間、小窓から遠くに見ることしかできなかった騎士団。そして、前世の記憶が蘇ってから、会いたくて会いたくて仕方なかった人――――。

 

 深呼吸を一つ。アレクシスの堂々とした足取りを意識しながら、門をくぐる。

 

 瞬間、朝の空気が変わった。

 

 訓練場には、朝露がまだ残る芝生の匂いと、研ぎ澄まされた鋼の匂い、そして若い男たちの汗の匂いが入り混じっていた。それは、座敷牢では決して感じることのできなかった、「生きている」世界の匂いだった。

 

「アレクシス様!」

 

 訓練生たちが、リリアナの姿を認めると、一斉に手を止めて敬礼した。

 

 その動きは統率が取れていて美しく、朝日を受けた彼らの鎧が、まるで波のように(きら)めいた。だが、その瞳には一様に緊張と畏怖の色が浮かんでいる。

 

 そして――――。

 

 リリアナの視線は、一人の青年に吸い寄せられた。

 

 訓練場の端、木剣を手に素振りを続けていた青年が、他の者たちより一瞬遅れて顔を上げる。朝の光が、彼の栗色(くりいろ)の髪を黄金に染めていた。

 

 カイル・エルンスト――――。

 

 前世で、画面越しに何百時間も見つめ続けた人。何度も何度もプレイして、それでも救うことができなかった人。

 

(本物だ……)

 

 ゲームのグラフィックとは違う、生身の人間としてのカイルがそこにいた。

 

 少し日焼(ひや)けした肌。訓練で付いたのだろう、頬に小さな擦り傷。そして何より、あの瞳――翡翠(ひすい)のように澄んだ緑の瞳が、真っ直ぐにこちらを見ている。

 

 敬礼をしながらも、その表情には他の訓練生のような恐怖はない。ただ純粋な敬意と、そして僅かな好奇心が宿っているだけ。

 

(優しい目をしている)

 

 ゲームで知っていた通りの、誰に対しても分け隔てない、温かな眼差し。でも、実際に向けられると、胸が苦しくなるほど眩しかった。

 

 カイルが、小さく微笑んだ。

 

 それは、上官への形式的な笑顔ではない。朝の清々しい空気を楽しむような、自然な笑み。まるで「今日もいい天気ですね」と語りかけてくるような――――。

 

 その瞬間、リリアナの心臓が跳ね上がった。

 

(ああ、この人を守りたい)

 

 前世からの想いが、津波のように押し寄せてくる。画面の中で彼が倒れるたびに流した涙。「もう一度」とリトライボタンを押し続けた夜。それでも変えられなかった、残酷な運命への絶望。

 

 でも今は違う。今の自分には力がある。知識がある。そして何より――――。

 

(触れられる距離にいる)

 

 今すぐ駆け寄って、危険を知らせたい。マリアという名の死神から逃げるよう、警告したい。その美しい翡翠の瞳が、死によって光を失う前に。

 

 だが――――。

 

(まだだ)

 

 リリアナは、震える心を必死に押さえつける。

 

 今はまだ、アレクシスを演じなければならない。準備も整っていない。何より、いきなり「お前は世界を滅ぼす運命にある」などと言っても、信じてもらえるはずがないのだ。

 

 それに、カイルの後ろに立つ人影も気になった。

 

 金髪の青年。端正な顔立ちに、空色の瞳。第一王子レオンハルト。そして彼と親しげに話している、もう一人――。

 

 リリアナの背筋が凍った。

 

 亜麻色の髪を優雅に結い上げた少女。純白のローブに身を包み、聖女候補の証である銀の十字架を胸に下げている。そして、天使のような微笑みを浮かべた、あまりにも美しい顔。

 

 マリア・オブシディアン――――。

 

 この世界を滅ぼす、真の魔女。

 

 彼女の視線が、まるで獲物を品定めする蛇のようにカイルに向けられていることに気づいて、リリアナの中で何かが弾けそうになる。

 

(くっ……。このあばずれが! カイルに近づくな!!)

 

 十一年間、座敷牢で育んできた自制心が、一瞬で吹き飛びそうになる。前世で何度も見た光景――マリアがカイルに近づき、その優しさに付け込み、徐々にカイルの力を吸い取っていく――それが現実になろうとしている。

 

 その時マリアが動いた――――。

 

 純白のローブを優雅に翻しながら、まるで春の陽光のような笑顔でカイルに歩み寄る。その一歩一歩が、リリアナには死神の足音のように聞こえた。

 

「カイル様、先日の訓練で見事な剣技を拝見しました。もしよろしければ、今度聖堂で行われる騎士の祝福の儀式で――」

 

 甘い声。蜜のように耳に心地よく、しかし毒を含んだ声。カイルは訓練の手を止め、人の良い笑顔で振り返る。

 

「ああ、マリア様。お褒めいただき光栄です。祝福の儀式のことでしたら――」

 

 その瞬間、リリアナの身体が動いていた。

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