久しぶりに書けた、仕事終わりに書けなかったのが不満。
乗客の一人が居ない…そんな風に、少しの騒ぎが起きた。
時刻にしてみれば夕焼け過ぎ、丁度フェリーが目指していた島へと着いてから直ぐのこと…十中八九、俺が殺した奴のことなのだろうと何となしに思った。
他の乗客達が何だ何だと集まっていく、何処か不安そうな表情を浮かべていた夫婦らしき二人組の内の一人が何かあったのかなと呟いているのが聞こえたが…俺はそれを無視して船を降りた。
別におかしな行動でもない、一部の乗客も同じような行動を起こしていたし、中には嫌なものを見たとでも言いたげにそそくさと船から降りていく客も居たのだ…寧ろ、俺の行動は自然と言えただろう。
船から降りた後はツアーの人員が乗客達をホテルへと案内する…客の一人が居なくなってしまったが、それを理由に他の客を持たせるわけにはいかないとでも判断したのだろうか…まぁ、俺としては好都合だったのだが。
ゾロゾロと乗客達がホテルへと向かっていく、ツアーの案内の声に従いながら足を進めながら俺は視界だけを動かして目当ての存在を探した。
右前方に一人、左前方に二人…他は幾ら探しても見つからないから恐らくもう二人は後方に居るのだろうと推測した…バラバラに纏まっているのだろうその姿に面倒だと内心で言葉を溢した。
ホテルについてチェックインを終える、其々に割り振られた部屋へと荷物を降ろしてその後は各自自由行動…修学旅行みたいだなぁっなんてことを思いながら、俺は大きく身体を伸ばし───
「───さて…やりますか」
その内に秘めた殺意を、顕にした。
そうして俺は、また一人ターゲットを殺した。
海老反りにならなければ首が締め上がるような縄の縛り方で、その上から頭を足で踏みつけて殺した…証拠になりそうな縄は当然回収した…かーっかーっとカラスがうるさかった。
夕日が沈む、あともう少しで辺りは夜闇に包まれる…そんな光景を少し見つめた後、俺は元来た道をゆったりと戻った。
何人かとすれ違う、静かに会話を繰り広げながら俺とすれ違った誰かへと視線を投げることもなく俺は静かにため息を吐き出しながら、脳内で自身の目的を反芻する。
狙いは六人、二人殺したから残るはあと四人…一人は船の上で、もう一人はついさっき殺した…船の上での殺人に関しては遺体を海に捨てたからバレることはないのだろうが、さっきの縄で絞め殺した奴に関しては恐らく明日辺りには見つかる。
何せ、俺がつい先程犯行を行ったのはそこら辺にある人目につかなそうな路地裏だ、探さなければ見つからないような場所ではあるが逆を言えば探せば簡単に見つかるような場所だ…死体が見つからないなんてことにはならないだろう。
この島は開発されてからそれなりに時期が経っている、当然警察もすぐにとは行かないが普通に来れるだろうし、そうなったら行方不明になったらしい奴のこともすぐに見つけられるだろう。
…まぁ、別にそうなってくれても全然良いのだが。
道を歩いている内にホテルに辿り着いた、何食わぬ顔で入り口を通って部屋へと向かい、そのまま部屋へと入る。
「…さて……次だ」
ベッドへと腰掛けながら持ってきたバッグの中からスマホを取り出し、LINEを使ってとある人物へとメッセージを送る…内容は例の一件のことで話がしたいという類のモノ。
ほんの少し待っているとLINEに返信のメッセージが送られてきた…無事だったのかという言葉から始まり、犯人に目星は付いているのかと言った内容のメッセージが数分と経たずに送られてくる。
俺はそれを見るなり、ボロが出ないよう誰にも聞かれないような場所で話がしたいと短く要点を纏めた文章を打ち込み、送信する。
返答は…YESだった。
時刻は深夜を回っていた、月だけが照らす夜闇の中で、街灯すら届かない森の奥で男は煙草を吸いながら何かを待っていた。
小太りな男だった、年齢は大凡二十代後半だろうか、半袖のシャツにジーパンという如何にも夏と言わんばかりの服装の男は煙草を吸いながらスマホの画面に目をやっていた。
「ったく、遅せぇなぁ、何時になったら来るんだっ…?」
苛立ったようにそう言う男…男は待ち合わせに遅刻することが許せないタイプの人間だった。
苛立ちを顕にするように忙しなく足を動かす、タンタンッと足が地面を叩く音だけが周囲に響く、暗く先も見通せない夜闇の中で響くその音は聞くものからしてみれば何処か不気味に聞こえているかもしれない。
そんな場所に、ふと足音が響く…男の苛立ち交じりのソレ以外の音、土を踏み締めてくるその音にやっと来たのかと男は口に咥えた煙草を手へと持ち替え、文句を言おうと口を開こうとする。
遅せぇぞと、自分から呼んどいて遅れるなんてどういうつもりだと、神経質であることを自覚しながらもしかしそれを許せないその男はそんな感情任せの文句を相手に叩きつけるつもりでいた。
「───ハロー♪」
自分の喉が、引き攣るような感覚がした。
明るい雰囲気と陽気な様子で響く挨拶の声、暗闇の奥底から現れたその姿に男は自分の身体が凍りつくのを感じた。
黒髪の男だった…夏場に似つかわしくない長袖の服装、何処か仕事にでも行くのかと言わんばかりのスーツを身に纏ったその男の姿に、どうしてか男はとてつもない恐怖を覚える。
…それが、相手が自身へと向けた殺意によるものだと言うことに、男はついぞ気がつくことはなかった。
なんだお前…そう詰まる喉と震える唇を必死に動かしながらそう口に出そうとした男は、次の瞬間にはその首を掴み取られていた。
かひゅっと物理的に喉の詰まる音、ニコニコとした笑顔のまま何食わぬ顔でそれを成し遂げた男は掴み取ったその首を有らん限りの力で締め上げる…ギリギリと骨の軋む音が体内から響くその感覚に男は更なる恐怖を覚える。
身体を木へと押し当てられる、背部に感じるザラザラとした感覚とそこにいたのであろう虫の潰れる感覚、一部の虫が自身の身体をよじ登ろうとするような感覚さえも覚える中で…ふとしたように、対面の男が口を開いた。
「───いやさぁ…大変だったんだよねぇ」
まるで仕事終わりのサラリーマンが同僚にその苦労を打ち明けるような気軽さを持った声色で男は口を開き始めた。
「お前等、逃げ足も速けりゃ隠れんのも速いからさぁ…事件が起きた時も警察はお前等のこと見つけられなかったし、いざ見つけたと思ったら露骨に冤罪塗れの他人さん方連れて来るしで…もう自分でやるしかないって思ったらそれはそれで難しかったし……あぁ、本当に大変だったよ」
本当に苦労したのだと、本当に大変だったのだと、そう語りながら自身へと笑顔を向けてくる男の姿に小太りの男の脳内は混乱し始めていた。
何のことだ…事件? その事件が自分に何の関係がある、俺はお前に何もしていないはずだ…そんな言葉の羅列が頭を巡った。
…そして、恐らくそれが分かっていたのだろう…スーツの男はその顔に笑みを貼り付けたままに男へと告げた。
「───足立聡美…覚えてるかな?」
その言葉に、男は自身の心臓が凍りつくような錯覚を覚えた…何度目だろう、自身の身体の一部が凍りつくような感覚を覚えるのは。
露骨に態度を変えた男の姿にスーツの男は笑みを深めて首へと掛かる手の力を強めた。
「そうだよなぁ、忘れるわけないよなぁ…誘拐して、辱めて、その上で金を巻き上げたんだもんなぁ…忘れられるわけないよなぁ?」
首が締まっていく、骨が徐々に音を立てて曲がっていく…明確な死を予感したからなのか、男はバタバタと暴れ出すがそれを目の前の『死』は許さない。
「知ってるか? あの人死んだんだよ、お前等にやられたことが辛くて苦しくて耐えられなくて、遺書に謝罪の言葉びっしり書いて死んだんだよ…ごめんなさいごめんなさいって、自分のせいで迷惑掛けてごめんなさいって書いて首括ったんだよ…なぁ…どう思うよ?」
掛けられた言葉に応えられない、近づくあまりに深い死の気配に混乱と恐怖が一気に襲いかかってくる、脳内を過るのは過去の楽しかった記憶の数々ばかりで打開の策など何一つとして与えてくれない。
そんな男のことなぞ露知らず、スーツの男は語り続ける。
「思わないよなぁ…そうだ、お前達は何も思わない、これに何かを思うようなら最初からあんなことしてない…お前等、あの日の後に居酒屋でワイワイと笑ってたんだってな? お前等調べる過程で色んな奴から教えてもらったよ」
男は笑みを崩さない、最早口から泡すら吹き始めた小太り男の姿を見ても一切笑みを崩さない…その姿は、さながら悪鬼のようだった。
「だから俺もお前等を笑いながら殺すことにした…お前等が楽しんであの人を苦しめたように、お前等が笑ってあの人を辱めたのと同じように…俺も、心底笑いながらお前等を地獄に落としてやる」
凄惨な笑みを浮かべながら、心底から可笑しいとでも言えように嗤いながら男は更に力を込めて男の首を締め上げる…最早走馬灯すら見えなくなった男はうめき声すら上げられず、ただただ締め上げられる首の痛みと死の恐怖を感じながら…その命を終える。
───バキャッ!!
渇いた音だった…渇いた何かを、圧し折ったような音だった。
ドサリっと男の身体が崩れ落ち、地面へと転がる…男の瞳には最早光は無く、あるのは何処までも暗く落ちた死人の瞳だけだった。
その姿を男は…『杉宮辰哉』は静かに見下ろす…三人目の殺害、その事実に何かの感慨を覚えたのか、それとも他の感情でも抱いているのか…恐らくは後者であろう辰哉は自身に言い聞かせるように言葉を呟く。
「───残り三人」
自然な動作で手袋とハンカチを取り出し、男の首筋を…自身が圧し折った箇所を入念に拭き取る…流石に指紋が取られるのは不味いと判断したが故の行動だった。
死体はそのまま置いていく…見つかったって良い、そうすれば警察が来る、警察が来れば誰もこの島から逃げられない…そちらの方が都合が良かった。
全員殺す、一人たりとも漏れ無く嗤って殺す…そう決めているのだ、また逃げられては困る。
復讐者は歩き出す、次なる獲物を求めて…月夜に照らされるその影は、何処までも怪物のソレだった。
主人公の境遇
一言で言うならくちゃら花嫁の旦那さん。