泡沫紀行   作:みどりのかけら

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薄い霧が山裾にとどまり、まだ名を持たぬ道が朝の冷えに沈んでいる。
落葉を踏むたび乾いた音が生まれ、遠い拍子の影のように静かに消える。
胸の奥には、まだ聞いたことのない太鼓の余韻がゆっくり広がっている。


風は何も告げないまま、仮面の眠る気配だけを淡く運んでくる。
その匂いに導かれるように、足は深い山の静けさへ入りはじめる。



1012 仮面と太鼓が紡ぐ山里の幻舞台

山あいの細い道を踏むたび、乾いた葉が足裏で低く鳴り、遅い秋の匂いがゆっくり立つ。

薄い霧の奥から、太鼓の気配だけが脈のようにゆっくり揺れて胸の奥へ届く。

どこかに仮面の眠る夜がある気がして、冷えた息を整えながら歩き続ける。

 

 

夕暮れの冷えが足首にからみつき、湿った土の匂いが急に濃くなる。

古びた板の軋みに似た風が、遠い稽古の影のような気配を運んでくる。

指先で触れた落葉は紙片のように軽く、触れた途端に静かに砕け散る。

見えない舞台が山の奥で息を潜め、長く忘れられた拍子を待っている。

 

 

太鼓がひとつ深く沈むたび、胸の奥にある水面がゆるやかに揺れる。

仮面の裏に溜まる闇へ、淡い月の気配だけがにじみながら落ちていく。

 

 

細い坂を登りつづけると、背に滲んだ冷えた汗がゆっくり乾いていく。

風に混じる獣革の匂いが、古い面の内側に残る長い時間を思わせる。

掌で触れた木のざらつきが、まだ誰かの温みを抱いて離さない。

見えぬ誰かの足拍子のような震えが、柔らい土を伝い足裏へ届く。

暗い林の隙間では、灯のない舞の形だけがほどけては漂っている。

 

 

夜露を吸いこんだ草が裾にまとわりつき、歩みをゆっくり重くする。

鼓の余韻に似た風が、耳の奥を丸く巡りながら遠くへほどけていく。

仮面の笑みだけが熟した実のように、闇のどこかで静かに深まる。

 

 

乾いた板を踏んだ記憶の感触が、足裏の奥に薄く残りつづける。

指でなぞった節目は、長い歳月が刻んだ溝のように深く沈んでいる。

太鼓の響きは遠ざかりながらも、山の腹で幾度も柔らかく返る。

月明かりが白い息となって、胸の奥からゆっくりこぼれ落ちる。

 

 

立ち止まると、落葉の海が夜気の中でかすかに波打つ。

見えぬ仮面たちが、闇の奥でゆっくりこちらへ向きを変える。

 

 

太鼓の余韻が山肌を撫で、冷たい空気がゆっくりほどけていく。

湿り気を帯びた風が頬をかすめ、微かな土の味が舌に残る。

見えない舞の足取りが、落葉の下でまだ小さく震えている。

 

 

夜露を含んだ苔を踏むと、柔らかな沈みが足裏へ静かに返る。

遠い拍子に似た風が、胸の奥で丸い波紋をひとつ広げる。

指先に触れた枝は冷たく、長く眠る木肌のざらつきを伝える。

闇の奥では、仮面の影だけがゆっくりと角度を変えている。

 

 

雲の切れ目から落ちた淡い光が、落葉の端をかすかに濡らす。

湿った香りが立ち上り、古い板を打つ掌の記憶を呼び寄せる。

 

 

山の斜面を渡る風が、乾いた拍子の残響を連れてくる。

耳の奥では太鼓の低い揺れが、まだ小さく円を描き続ける。

掌で触れた石は夜露を含み、鈍い冷えをゆっくり渡してくる。

落葉を払う足の動きが、見えぬ舞の型をそっとなぞっていく。

深い闇の底で、仮面の微かな笑みが熟していく気配がある。

 

 

足を止めると、山里の空気が胸の奥まで静かに満ちる。

遠ざかった太鼓が、土の奥でかすかな鼓動へ変わる。

指先の冷えがほどけ、落葉の柔らかな温みだけが残る。

 

 

薄い霧がゆるやかに流れ、林の奥へ舞の影を連れ去っていく。

頬に触れる風は穏やかで、遠い拍子の気配だけを残している。

歩みを進めると、乾いた葉がまた低く鳴りはじめる。

その音だけが、消えた舞台の続きを静かに受け継いでいく。

 




山を離れても、落葉を踏む音が耳の奥で長く揺れている。
遠い夜に沈んだ太鼓の鼓動が、胸のどこかで静かに息づく。
掌には古い木肌のざらつきが残り、指先へかすかな温みを返す。


振り返る道の奥で、仮面の影だけがゆっくり霧にほどけていく。
歩みを重ねるほど、あの幻の舞台は土の匂いに溶けて深まっていく。
やがて風がすべてをさらい、静かな山の気配だけが残りつづける。
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