泡沫紀行   作:みどりのかけら

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冬の空は淡く、静寂が足元の土まで届いていた。
霜に覆われた野を踏みしめるたび、冷たさと乾いた木の香りが交差する。
歩みの先に、まだ見ぬ黒い箱の影がゆっくりと現れた。


その姿は光を吸い込み、周囲の音までも溶かしてしまうようだった。
掌で触れた瞬間、木肌の温度と微かなざらつきが、記憶の奥底を呼び覚ます。
静かな冬の道は、ただ歩く者の呼吸と、触れたものだけを覚えていた。



1017 静寂に宝を封じる匠の黒き箱

冬の乾いた野を歩いていると、木の香りだけが風に残った。

落葉の下で眠る板の匂いが、静かに鼻の奥をくすぐる。

遠くの空は白く澄み、まだ削られていない木目のように静まっていた。

 

 

冷えた空気を吸い込むと、胸の奥でかすかな甘い匂いがほどけた。

その匂いは、柔らかい木肌を思わせる淡い温度を帯びている。

私は足裏で土の粒を確かめながら、ゆるやかな畦を越えていった。

乾いた草が衣に触れ、かすかな音を立ててほどけていく。

 

 

古い作業場の影のような林に入り、足取りを少し緩めた。

指先で触れた幹は軽く、冬の冷たさを薄く宿していた。

 

 

木々の間を抜ける風が、空洞の箱を撫でるように鳴った。

その音は深くも浅くもなく、ただ澄んで胸に沈む。

掌を幹に当てると、乾いた木肌が粉のように滑った。

薄い樹皮の向こうに、静かに眠る軽い芯を感じる。

その感触は、何かを隠す器の内側を思わせた。

 

 

私は林の端で立ち止まり、冷たい指を息で温めた。

吐いた息は白くほどけ、空の薄い光に溶けていく。

その白さの奥で、まだ見ぬ箱の影が静かに形を結んだ。

 

 

指先に残った木粉を舌の奥でそっと感じた。

 

 

林を抜けると、地面には淡い霜が広がっていた。

踏みしめるたび細かな音がして、静寂が砕けてまた戻る。

遠い冬の光の下で、見えない蓋がゆっくり閉じていく気配がした。

私はその閉じる重さを、掌の奥で確かめるように歩き続けた。

 

 

木立を抜けた先に、古い土の匂いと漆のような黒い影が差していた。

その影は、温度を帯びず冷たくもなく、ただ静かにそこにあった。

手を伸ばすと、滑らかな表面に指が沈み、微かにざらつく感触が伝わった。

 

 

風が止んだ瞬間、耳に届くのは自分の呼吸と指先の圧だけだった。

微かに軋むような音が、箱の内部から遠く響くように思えた。

その音は現実のものか夢の中か、境界を溶かしていく。

 

 

霜を踏みながら、足裏に伝わる冷たさが芯まで染みた。

歩幅を変えてゆっくり進むと、木の香りが淡く立ち上がる。

柔らかな木肌は掌に温かさを残し、触れた瞬間に時が止まるようだった。

 

 

小さな光の反射が箱の角を照らすと、黒はより深く沈んだ。

息を詰めると、静寂の重みが胸に押し寄せる。

その重みの中で、過ぎ去った時間の粒が微かに震えた。

触れた木の内部に眠る密やかさを、指先で確かめるように撫でた。

 

 

霜が踏み潰される音と、木粉の香りが重なり合う。

私は踏みしめるたび、凍った土地の冷たさと、木肌の温もりを同時に感じた。

箱は沈黙のまま、冬の光の中で小さな宝を抱えているようだった。

 

 

陽の角度が低くなると、影はゆっくりと地面に溶けていった。

歩みを止めると、空気の冷たさが指先まで届き、静かに満ちていった。

閉じられた蓋の下で、木の記憶が息をひそめ、私の歩みを見守っている。

残るのは、手触りと匂い、そして静かに揺れる冬の光だけだった。

 




踏みしめる土の感触が、冬の光に溶けて消えていく。
箱の黒は変わらず、秘められた時間を抱きしめているようだった。
指先に残る木粉と香りだけが、歩んだ道の証として胸に残る。


冷たい風が耳をくすぐり、静寂の中で思い出すのは、触れたものの温もりだけだった。
歩みを止めると、空気の中に沈む冬の光と、木肌の温かさが交わる。
記録なき記憶は、ただ静かにこの土地の中で息をひそめている。
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