泡沫紀行   作:みどりのかけら

1041 / 1191
薄い霧が地を這い、足先を静かに包み込む。
湿り気を帯びた空気が肌に触れ、まだ見ぬ奥行きを示している。
わずかな冷えが胸の内に沈み、歩みは自然と緩やかになる。


踏みしめるたび、土は柔らかく沈み、音を吸い込む。
指で掬えば細かな粒がまとわりつき、すぐに形を崩す。
その崩れ方に、まだ名を持たぬ記憶の気配が滲む。


遠くの空は淡く濁り、境界を曖昧にして広がっている。
その下で、見えぬものが静かに重なり合っているように感じる。


1041 失われし戦の記憶を抱く石の王城

乾いた草が擦れ合い、淡い音が足元から立ちのぼる。

低く崩れた石の重なりに触れると、冷えが掌に沈み込む。

 

 

斜面を上るたび、土はわずかに湿り、靴底に粘りつく。

風は古い匂いを運び、枯葉の影が肩先をかすめていく。

遠くで鳥が短く鳴き、すぐに沈黙へとほどける。

 

 

ひび割れた石の隙間に、細い草が静かに息をしている。

 

 

指先で石の縁をなぞると、ざらつきが記憶のように残る。

欠けた角は丸みを帯び、長い時間の重さを語らずに抱えている。

その沈黙に触れるほど、胸の奥にわずかな冷えが広がる。

視線を落とせば、土の色が幾層にも重なり合っている。

 

 

足を止めると、空気は薄く揺れ、耳の奥に微かなざわめきが残る。

乾いた枝が折れ、指に触れた瞬間、軽い痛みが走る。

 

 

斜めに傾いた石壁の影は、柔らかくも鋭く地面に落ちる。

その縁に沿って歩くと、影は静かに形を変えていく。

足先で小石を押しやると、鈍い音が土に吸い込まれる。

指の腹に残る粉のざらつきが、消えぬ感触として留まる。

風が頬を撫で、冷たさがゆっくりと奥へ染み込む。

 

 

見上げると、枝は細く絡み合い、空を細切れにしている。

 

 

落ち葉の上に膝をつくと、乾いた感触が衣に移る。

手のひらで地を押すと、内部の湿りがわずかに滲み出る。

その温度の違いが、静かに時の深さを示している。

 

 

崩れた段の縁に腰を下ろすと、石の冷えが骨に伝わる。

息を吐くたび、白くもならぬ気配が胸の内でほどけていく。

 

 

風がやや強まり、草の波が低く揺れ続ける。

その揺らぎの奥で、見えぬものが重なり合う気配がある。

 

 

足裏に伝わる土の硬さが、ところどころで急に変わる。

柔らかな層の下に、固く締まった何かが潜んでいる。

踏みしめるたび、わずかな反発が身体に返ってくる。

 

 

斜面の途中で立ち止まると、遠くの空気がかすかに濁る。

 

 

掌に残る粉を払い落とすと、乾いた粒が光を弾く。

そのひとつひとつが、長く触れられぬまま眠っていたように思える。

指の隙間から零れ落ちる感触が、妙に鮮やかに残る。

 

 

細い枝が頬を掠め、ひやりとした線を引いていく。

その冷たさはすぐに消えず、内側で静かに滞る。

 

 

石の並びに沿って歩くと、足音がわずかに変わる。

乾いた音と鈍い響きが交互に現れ、間隔が乱れる。

その不揃いが、かつての形をかすかに示している。

 

 

落ち葉を踏みしめると、軽い破れの音が重なる。

その下で湿りがひそみ、音を吸い込むように沈む。

足を上げるたび、異なる重さがまとわりつく。

やがてその感触にも慣れ、境目が曖昧になる。

 

 

視線を上げると、薄い光が傾き、影が長く伸びる。

 

 

風が止み、草の音が途切れると、周囲は急に深まる。

何も動かぬ静けさの中で、わずかな気配だけが残る。

その気配に触れぬよう、足取りが自然と緩やかになる。




風が抜けた後、草は再び同じ揺れを繰り返す。
その繰り返しの中に、わずかなずれが紛れ込んでいる。


手に残るざらつきを払っても、感触は消えきらない。
指の奥に残る重みが、まだここに繋がっている。
それは形を持たず、ただ静かに留まり続ける。


歩みを進めるごとに、背後の気配は遠ざかる。
それでも完全には離れず、薄く重なり続ける。
振り返らぬまま、足先だけが次の土を確かめていく。
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