空に手を伸ばすほど高くそびえたつ岩肌が、
紅に染まり、燃えるような幻影を見せる。
風は記憶を運び、
落葉は過去を滑るように流れていく。
私は、その夢の裂け目を歩いていた。
山へ続く道は、既に秋の匂いを纏っていた。
湿り気を含んだ落葉の上を、
ゆっくりと踏みしめるたび、
小さな音が靴裏で崩れた。
朝はすでに峠を越えていたが、
谷の奥にはまだ夜の影が残っている。
光と影がまだらに交差する斜面を、
私は黙々と歩いていく。
足元には、あか、あか、きいろ、あか。
拾っても拾っても終わらない、
大地に降り積もる火の葉。
谷は深かった。
その両側には、切り立った岩の壁がそびえていた。
まるで大いなる獣が口を開けたように、
谷は空へと裂け、風を吸い込んでいた。
その岩肌が、すべて紅に染まっていた。
ただの紅ではなかった。
夕陽を吸ったような深い朱。
夏の余熱が凝縮したような橙。
静かな哀しみを秘めた焦げ茶。
ところどころに滲むような黄。
それらすべてが層をなして、
この世の秋を一身に引き受けていた。
私はその真ん中を歩いていた。
頭上には、あらゆる色が燃えていた。
足元には、落ちた記憶が降り積もっていた。
谷の奥へと進むほど、風は冷たくなる。
その風が、木々の枝葉を揺らし、
一枚、また一枚と紅葉が舞い降りてくる。
それは、静かな儀式のようだった。
ときおり立ち止まっては、
その葉が空中で回転しながら落ちるさまを眺めた。
時間が止まる瞬間。
音が消える瞬間。
空気が沈黙する瞬間。
私は、それらの間に潜り込むようにして進んでいた。
やがて、道は細くなり、
崖の下に細い川が見えてきた。
その流れは緩やかで、
紅葉が川面に浮かび、
ゆっくりと回転しながら流れていく。
川は、空を映していた。
紅葉と空と水が重なり合い、
視界がどこからどこまでが現実なのか、曖昧になった。
私はしゃがみこみ、
一片の葉をそっと拾い上げた。
その葉の表面には、
無数の小さな穴が空いていた。
風に削られ、雨に打たれ、
それでも、まだ美しかった。
自然がつくるものは、
最後の瞬間にこそ、美が宿るのかもしれない。
さらに歩みを進めると、
谷の底に岩が乱立する空間が現れた。
それらは、まるで巨人の骨のように立ち並び、
そこに何百年も前からあったような威厳を放っていた。
その岩肌にも、紅が張り付いていた。
岩と木と、葉と、風。
すべてが紅の色で織り合わされ、
まるでこの谷自体が、
ひとつの巨大な夢のようだった。
私はそのなかに吸い込まれ、
しばし、立ち尽くした。
時間が巻き戻るような感覚に陥った。
そう、ここには「今」という概念がなかった。
すべてが、遠い記憶のなかにあるようだった。
自分が過去を歩いているのか、
夢を歩いているのか、それすら曖昧だった。
風がまた吹いた。
谷全体が揺らぐような、深い呼吸の音。
その風に乗って、
あの白いものがふと浮かんだ。
一片の白い葉。
いや、葉ではなかった。
それは冬の始まりを告げる、最初の雪だった。
紅のなかに、
一粒の白が舞い降りたとき、
私は確かに、
季節が終わろうとしていることを感じた。
紅の絶頂は、
いつも終わりを伴っている。
美しさとは、消える直前の光だ。
私はその静かな終焉を、
谷の奥深くで見届けていた。
そして、また歩き出す。
次の章へと進むように。
別の記憶へと移ろうように。
谷が背後で静かに息を吐いた。
その吐息に揺れる紅が、
私の背を見送っていた。
紅に染まる谷の奥で、私はひとつの季節が終わる音を聴いた。
燃えるような色の下に静かに横たわる、
永遠という名の白い気配。
それは、華やかさの影にひそむ沈黙であり、
時のゆらぎだった。
夢のように消えてゆく景色のなかで、
私は、確かに在るものを見つけた気がした。