泡沫紀行   作:みどりのかけら

1155 / 1193
淡く滲む気配が、まだ名を持たぬ境へとゆるやかに導いていた。
足裏に触れる大地は乾きと湿りを交互に宿し、見えない裂け目を踏むたびにわずかな揺らぎが広がる。
胸の奥でほどけかけた何かが、風に触れるたび静かに形を変えていく。


指先に触れた空気は薄く、まるで遠い記憶の皮膜をなぞるように頼りない。
それでも確かにそこに在る気配が、歩みを止めさせぬよう静かに押し出していた。


やがて視界の奥に、わずかな光の綻びが浮かび上がる。
その揺らぎは現れては消え、境と内側の区別を曖昧に溶かしていく。
足取りは自然とそちらへ寄り、知らぬうちに深く入り込んでいった。



1155 天を仰ぐ神の秘境

湿り気を帯びた風が頬をなぞり、見えない境目に触れた気がして足を止めた。

淡い光が揺れる奥に、かすかな影が折り重なり、遠い記憶の層を指先で撫でるような感触があった。

土の匂いが深く沈み込み、胸の内側にまで静かに広がっていった。

 

 

細い道はやわらかく曲がり、踏みしめるたびに小さな音が足裏に伝わる。

乾いた葉が砕ける感触が、過ぎ去った季節をかすかに呼び起こした。

 

 

低く垂れた枝の下をくぐると、空気がひときわ冷たく変わった。

指先に触れる空気は水のように澄み、皮膚の奥へと静かに染み込んでいく。

遠くで何かが軋むような響きがあり、音の行方を確かめる前に消えた。

その余韻だけが、胸の奥に細い糸を残した。

 

 

足元の土はしっとりと重く、わずかに沈み込む感触が続く。

 

 

苔むした面に手を置くと、冷たさがじわりと掌に広がり、時間の深さを測るようだった。

その表面は滑らかでありながら細かな凹凸を含み、触れるたびに異なる記憶を返してくる。

指の間に入り込む湿気が、かすかな震えとなって腕へと伝わった。

風はほとんど動かず、周囲の輪郭がゆっくりと溶けていく。

目を閉じると、内側にだけ淡い光が残った。

 

 

わずかに開けた空の下で、光は柔らかく拡散し、影の境を曖昧にしていた。

その曖昧さの中で、自分の輪郭もまた薄れていくように感じられた。

 

 

足取りは自然と緩やかになり、呼吸の間隔が深く長く変わっていく。

胸に触れる空気はぬるく、内と外の区別が次第に溶け合う。

耳の奥で微かな響きが繰り返され、遠い水面の揺れを思わせた。

 

 

振り返ると、通ってきた道はすでに形を失い、ただ淡い層として漂っていた。

その中に自分の影が溶け込み、確かにあったはずの足跡も見えなくなる。

指先に残る土の感触だけが、ここへ至るまでの重みを静かに伝えていた。

やがて視線を戻すと、前方の気配がわずかに息づいているのを感じた。

 

 

わずかな気配に導かれるまま歩みを進めると、空気の密度がさらに深く沈み込んでいく。

足裏に伝わる重みは次第に柔らぎ、地と身体の境が曖昧にほどけていった。

 

 

薄く開いた空の裂け目から、淡い光が静かに降り注いでいた。

その光は形を持たず、ただ静謐な重さだけを伴って降りてくる。

肩に触れる感触は羽のように軽く、それでいて確かな存在を宿していた。

 

 

ひときわ冷たい流れが足首をかすめ、思わず立ち止まる。

見えぬ水が流れているかのように、皮膚の表面だけを撫でていった。

その感触は一瞬で消えたが、骨の奥にまで静かな震えを残した。

やがてその震えも、周囲の静けさに溶けていった。

 

 

低く沈む影の中に、ゆるやかなうねりが現れては消える。

 

 

掌を前に差し出すと、触れたはずの何かが確かにそこに在り、すぐに形を失う。

その繰り返しが、存在と不在の境を静かに揺らしていた。

指先に残るかすかな温もりが、見えぬものの重なりを伝えてくる。

呼吸のたびに、それらが内へと流れ込んでくるようだった。

 

 

やがて足元の感触がふと軽くなり、わずかに浮かぶような錯覚が生まれる。

重さを失った身体は、風にも似た気配に静かに支えられていた。

 

 

頭上の広がりはいつしか深く澄み、底の見えぬ静寂をたたえている。

その奥へと視線を向けるほどに、内側のざわめきが遠ざかっていく。

残されたのは、ただ均衡だけを保つ静かな感覚だった。

 

 

やがてすべての気配がゆるやかに重なり合い、境目の綻びがそっと閉じていく。

足裏に戻る確かな重みが、ここに在ることを静かに告げていた。

それでもなお、胸の奥には触れ得ぬ余白が淡く残り続けていた。

 




胸に残る余白が、かすかな温度を保ったまま静かに広がっている。
触れたはずの気配は形を持たず、ただ内側で淡く反響し続けていた。
足裏の感触だけが、ここへ戻ったことをゆるやかに知らせている。


遠ざかるはずの景は、むしろ奥へと沈み込み、消えぬ層として重なっていく。
掌に残る冷たさが、あの境の静けさを繰り返し呼び起こした。


ふと見上げた先には、何も変わらぬ広がりがあるだけだった。
それでもその奥行きは以前よりも深く、触れ得ぬ何かを含んでいるように感じられる。
歩み出すと同時に、その感覚は再び胸の奥へと静かに沈んでいった。
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