泡沫紀行   作:みどりのかけら

1161 / 1197
まだ光が満ちきらぬ頃、空気は薄い膜のように辺りを包んでいた。
足を踏み出すたび、その膜に微かな裂け目が生じる気がした。


視界の端で揺れる影が、定まらぬ形を繰り返している。
それは現れかけては沈み、確かな輪郭を拒んでいた。
触れられぬままの気配だけが、静かに重なっていく。


胸の奥に沈む息が、ひどく遠い場所から戻るように感じられた。
その遅れが、ここにある時間の流れをわずかに歪めていた。



1161 水面に映る桜色の幻想航路

水面はまだ眠りの名残を抱き、淡い光だけが静かに揺れていた。

足裏に伝わる湿り気が、夜の余韻をゆっくりとほどいていく。

 

 

細い道を踏むたび、土は柔らかく沈み込み、かすかな音を返した。

その響きは遠くの水と溶け合い、境目のない輪郭を描いていく。

指先に触れた空気は冷たく、春の奥に残る冬を確かに含んでいた。

 

 

低く枝を垂らした花々が、水面に色を預けている。

揺らぎの中で形を失いながらも、確かな存在を主張していた。

 

 

風がかすかに通り抜けるたび、頬に触れる気配が変わる。

それは温もりとも冷たさともつかず、ただ移ろいとして留まった。

足を止めると、水の匂いがわずかに濃くなるのを感じた。

 

 

歩みを進めるほどに、景色はわずかに歪みを帯びていく。

視線の端で揺れる影が、現と幻の境を曖昧にしていた。

 

 

手を伸ばせば届きそうな水面に、指先を近づける。

触れる寸前で止めたその距離に、薄い膜のような気配を覚えた。

それは破れそうで破れず、ただ静かに存在を拒んでいた。

 

 

足首に触れる草が、かすかな湿りを残していく。

その感触は柔らかく、しかしどこか逃げ場のない密度を持っていた。

 

 

光が高まるにつれ、水面の色は淡くほどけていく。

揺れる花の影が、ゆっくりと深みに沈んでいくのを見つめた。

 

 

水辺に沿って歩くうち、音の輪郭が次第に薄れていく。

耳に残るのは、水が触れ合うかすかな擦れだけとなった。

その単調さが、かえって奥行きを広げていくように感じられた。

 

 

靴底に絡む泥が重みを増し、歩幅をわずかに狭める。

踏み出すたびに、引き戻されるような感触が足に残った。

 

 

枝先から落ちる雫が、水面に小さな円を描く。

その広がりはすぐに他の揺らぎと混ざり、痕跡を消していった。

目に映るものすべてが、持続しないことを示しているようだった。

 

 

息を吸うと、湿った空気が胸の奥にゆっくりと沈む。

その重さは心地よくもあり、同時にわずかな違和を伴っていた。

 

 

淡い色をまとった影が、水面の奥で揺れている。

それは触れられぬまま、ただ存在の気配だけをこちらに残す。

距離は縮まらず、しかし遠ざかることもなかった。

 

 

足を止めると、世界もまたわずかに静止したように感じる。

動いているはずの水さえ、意識の中で緩やかに凍りついた。

 

 

掌に触れた風が、ひどく薄く感じられる。

何かを通り抜けた後のような、空虚な温度を帯びていた。

 

 

再び歩き出すと、景色は元の揺らぎを取り戻す。

だがその揺れの奥に、先ほどとは異なる深さが潜んでいる。

踏み込むたびに、見えない層へと沈んでいく気配があった。

 




水面に残る色は、すでに淡くほどけ始めている。
指先に残った冷たさだけが、確かな重みを保っていた。


歩みを止めると、足裏に伝わる湿りがゆっくりと消えていく。
その消失は静かで、境界がどこにあったのかさえ曖昧にする。
残された感触は、記憶よりも軽く漂っていた。


振り返ることなく進むと、背後の気配は次第に薄れていく。
それでもなお、何かが綻びたまま残されているように感じられた。
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