泡沫紀行   作:みどりのかけら

1201 / 1203
淡い白が空の底に沈み、まだ名を持たぬ光が静かに揺れていた。
その揺らぎに触れぬまま、足だけが先へと導かれていく。


乾いた風が頬をなぞり、忘れかけた記憶の輪郭をうっすらと浮かび上がらせる。
それが何であったのか確かめる前に、冷えがすべてを覆い隠す。
それでも歩みは止まらず、静かな均衡の中で続いていく。


遠くに見える白はまだ形を持たず、ただ存在の気配だけを漂わせている。
その曖昧さに引かれ、私は何も持たぬまま進み続ける。



1201 星辰を統べる白亜の塔に眠る千年の誓約

白い気配が遠くに立ち上がり、冬の空気を裂くように輪郭を示していた。

足裏に伝わる冷えは石の記憶のように固く、歩むごとに静かな痛みを残した。

 

 

霜を含んだ風が頬を撫でるたび、古い誓いの欠片が皮膚の内側で軋む気がした。

白亜の塔はまだ遠いのに、その影だけが先にこちらへ届き、胸の奥に淡い圧を残す。

凍りついた地面はわずかに光を返し、踏みしめるたび鈍い音が骨へ沈んだ。

 

 

乾いた草の匂いが足元から立ち上り、季節の境目が曖昧にほどけていく。

冷気は指先にまとわりつき、離れぬまま時間だけが薄く削られていく。

 

 

白い塔の表面は光を拒むようでありながら、かすかな輝きを孕んでいた。

その曖昧な光は目を凝らすほどに揺らぎ、記憶の奥に沈む影と呼応する。

歩みを止めることなく、ただその揺らぎに引かれて進んでいく。

足首に絡む冷たさは水のようで、しかし濡れることはなかった。

 

 

掌に触れた空気は乾いているのに、どこか重く沈み、逃げ場を失った息のようだった。

白の奥に潜む灰色が、時間の積層を静かに語りかけてくる。

 

 

視界の端で光が折れ、見えない格子のように空間を区切っている気がした。

その隙間を縫うように歩くと、胸の奥に閉じ込められていた何かが微かに震えた。

吐く息は白く、すぐにほどけて、跡形もなく消えていく。

 

 

足元の小石がわずかに動き、乾いた音が空へ吸い込まれていった。

その音は遠い昔に聞いた約束の響きと似ていて、思い出せないまま残響だけが残る。

 

 

塔の影が長く伸び、私の輪郭をゆっくりと塗り替えていく。

冷えた空気が衣の隙間から入り込み、肌を撫でては消える。

その触れ方はやさしくもあり、拒まれているようでもあった。

白と影の境目で、足取りがわずかに鈍る。

 

 

見上げると、光は檻のように重なり、空を細かく分断していた。

その一つ一つが静かな呼吸を持つかのように脈打ち、時間を閉じ込めている。

 

 

白い格子に触れようと指を伸ばすと、空気だけが冷たく沈み、形を持たぬまま拒まれた。

触れられぬはずの壁が確かにそこにあり、わずかな震えが指先から腕へと伝わっていく。

 

 

影の内側に足を踏み入れると、音が吸われ、世界がやわらかく閉じる。

衣の端が静かに擦れ、耳に残るのは自分の呼吸だけとなる。

その呼吸すらも白い光に溶け、境界を失い始める。

 

 

塔の表面は近づくほどに滑らかで、触れれば崩れそうな静けさを保っていた。

冷えた指をかざすと、わずかな温もりが奪われ、代わりに鈍い光が宿る。

 

 

足元の硬さが急に薄れ、まるで何もない場所に立っているような錯覚が広がる。

それでも沈むことはなく、ただ支えられているという曖昧な感覚だけが残る。

その不確かさが、胸の奥で静かに形を変えていく。

 

 

光はなおも重なり、幾重もの面となって視界を遮る。

それぞれの面に異なる時間が閉じ込められているようで、視線を移すたびに季節が揺れる。

冬の冷えが深まり、吐く息がかすかに重みを帯びる。

その重みは言葉にならぬ誓いのように胸へ沈む。

 

 

足裏に伝わる感触がわずかに温み、凍てついた硬さがゆっくりとほどけていく。

その変化は微細でありながら確かで、歩むたびに何かが許されていく気がした。

 

 

影と光の境目が曖昧になり、どちらにも属さぬ場所が広がる。

そこでは冷たさもやわらぎ、空気は静かに満ちている。

私はその中を進みながら、何も持たぬ手の軽さを確かめる。

 

 

白い塔の奥で、眠り続ける気配がわずかに揺らぐ。

それは遠く、触れられぬはずのものなのに、確かにここへと響いている。

胸の内でかすかな熱が灯り、すぐに冷えの中へ溶けていく。

 




光はやがて薄れ、重なっていた気配だけが空間に残る。
その残響に触れることなく、私は足を止めることもなく過ぎていく。


冷えた空気はわずかに緩み、指先に残っていた硬さが静かに解けていく。
触れていたはずのものは形を失い、ただ感触だけが微かに残る。
それは確かにあったものとして、内側に沈んでいく。


振り返ることはなく、白も影もすでに境を持たない。
ただ歩みの中に残る静けさだけが、次の空白へと続いている。
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