泡沫紀行   作:みどりのかけら

1203 / 1204
乾いた風が頬を撫で、まだ名を持たぬ気配が遠くで揺れていた。
足裏に伝わる土の粒が、これから触れるものすべての前触れのように静かに震える。


白くも黒くもない曖昧な光が、視界の奥でゆっくりと形を結び始める。
その輪郭に触れようとするたび、指先は空を掬い、わずかな温度だけが残る。


歩みのたびに、内側でほどけるものがあり、言葉にならない欠片が積もっていく。
それは重さを持たず、それでいて確かに心の底へ沈んでいく。



1203 招福の猫神が微笑む無限祈願の霊庭

乾いた葉が足裏でかすかに砕け、細い音が朝の空気にほどけていく。

ひやりとした風が頬を撫で、見えない指先で輪郭をなぞるように過ぎ去る。

 

 

低く連なる影のあいだに、白く淡いものが点々と宿り、目を閉じてもなお残る光を持つ。

掌に触れた石の冷たさが、胸の奥に沈んでいた古い記憶を静かに揺らす。

歩みは遅く、しかし確かに導かれているような重みを帯びていた。

 

 

細い道の縁には、誰かの願いが形を得たような小さな像が並び、沈黙のうちに互いを見守っている。

その一つに指を添えると、ざらついた表面が皮膚を引き止め、離れがたさを残す。

 

 

風が枝を鳴らし、乾いた音が空の奥へ吸い込まれていく。

その余韻の中で、視界の隅に揺れる白がゆっくりと数を増していく。

瞼の裏に残る光は、触れられぬはずの温度を持っていた。

 

 

足元の土はやわらかく、踏み込むたびにわずかな湿り気が伝わり、冷えた指先へと染みていく。

その感触に引かれるように、私はさらに奥へと歩みを進める。

重なり合う白は、やがてひとつの流れのように視界を満たした。

 

 

どれも同じかたちをしていながら、わずかな傾きや傷がそれぞれの時間を抱えている。

触れた指に残る粉の匂いが、遠い記憶と結びつき、胸の奥で静かにほどけていく。

 

 

空は薄く曇り、光はやわらかく砕かれて地へ降りてくる。

白い像の群れはその光を受け、まるで息をしているかのように明滅する。

視線を巡らせるたびに、数えきれない眼差しに包まれていく感覚があった。

 

 

立ち止まると、足裏に残る冷えと重みがゆっくりと広がり、身体の内側に静かな波を起こす。

その波はやがて音もなく消え、代わりに淡い温もりが満ちてくる。

 

 

白の連なりの奥で、かすかな曲線が浮かび上がり、柔らかな笑みのように揺れていた。

それは見るほどに遠ざかり、しかし確かにここに在ると告げる気配を帯びている。

 

 

指先に残る粉を払い落とすと、細かな粒子が光を受けて一瞬だけ宙に舞う。

そのきらめきはすぐに消え、掌には何も残らない空白だけが静かに広がった。

空白は冷たくも温かくもなく、ただ在ることだけを伝えてくる。

 

 

足を進めるたび、衣の裾がかすかに擦れ、乾いた音が耳の奥に積もる。

その音はやがて遠い波のように連なり、ここではない場所の記憶を呼び起こす。

 

 

白い像のひとつに額を寄せると、硬い感触が骨の内側まで響き、思考を細く削っていく。

削られた先に残るものは形を持たず、ただ静かな明るさとして漂っていた。

 

 

枝の隙間から落ちる光が、像の影を幾重にも重ね、薄い檻のように地を覆う。

その内側に立つと、見えない境界が身体をそっと包み込み、動きを緩やかに制していく。

閉じ込められているはずなのに、どこまでも広がる感覚が胸に満ちる。

 

 

風が止まり、音のない時間がゆっくりと沈殿していく。

呼吸のわずかな上下だけが、自分という輪郭をかろうじて保っている。

 

 

ふと顔を上げると、無数の白が一斉にこちらを向いたような錯覚に包まれる。

その中心にある柔らかな曲線は、先ほどよりも近く、そして遠い。

距離というものがほどけ、ただ重なりだけが残されていく。

 

 

やがて歩みを返すと、踏みしめた土の感触が少しだけ軽くなっている。

振り返らずとも、背後に満ちる白の気配が、静かに微笑み続けているのを感じる。

 




去り際の風が背を押し、白の気配は徐々に遠ざかりながらも消えきらない。
足裏に残る感触は、まだそこに留まっているかのように静かに温度を保つ。


掌を開くと、何もないはずの空間に微かなざらつきが蘇る。
触れていないはずの記憶が、皮膚の内側で淡く光を帯びている。


振り返らぬまま歩き続けても、あの柔らかな曲線は胸の奥に留まり続ける。
それは閉じることのない静かな檻であり、同時にどこまでも開かれた光でもあった。
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