泡沫紀行   作:みどりのかけら

1402 / 1408
朝露がまだ消えきらぬ頃、草の先に宿る光がかすかに揺れていた。
踏みしめるたびに湿り気が足裏へ伝わり、眠りの名残を静かに剥がしていく。


遠くに淡く重なる影が、やわらかな境目で溶け合っている。
胸の奥にひそむ気配が、呼吸の深さに合わせて静かに広がる。
まだ名のない予感が、歩みの中でゆるやかに形を帯びていく。


指先に触れた風は、乾きと冷えをわずかに含んでいる。
その感触が皮膚をすべり、内側へ細い道をひらく。
歩くほどに、見えぬ地図が心の奥で縫い継がれていく。



1402 幽玄の蕎麦の精が舞う里

薄く乾いた風が、稲の名残を撫でてゆく。

土の匂いが掌に残り、歩幅に合わせてゆるやかにほどける。

 

 

低い空にひらいた雲が、ほの白くたゆたいながら沈んでいく。

足裏に伝わる砂利の硬さが、静かな脈のように続いている。

舌の奥に、かすかな冷えが芽吹く。

 

 

軒の影に吊るされた束が、淡い光を吸い込んで揺れている。

触れれば崩れそうな繊維が、指先に秋の細さを刻む。

 

 

水音は細く、石のあいだで息をひそめている。

手を浸せば骨まで透けるような冷たさが走り、思わず肩をすくめる。

その澄みきった感触が、胸の奥をそっと洗っていく。

 

 

薄く削られた木の器に、淡い色の糸が整えられている。

指で摘むと、しなやかな弾力がかすかに返り、ほどけない気配を宿す。

 

 

ひとすすりの静けさが、喉をすべり落ちていく。

かすかな香りが鼻に抜け、遠い畑の影を思わせる。

歯に触れるやわらかな抵抗が、消え際までやさしく続く。

 

 

夕映えが細い道を染め、影が長く引き延ばされる。

歩みの中で、衣の裾がかすかに擦れ、乾いた音を残す。

 

 

空気はやや重く、しかし澄みきっている。

胸いっぱいに吸い込めば、かすかな苦みが舌の奥に残る。

それがどこから来たのか、たしかめる術はない。

 

 

遠くで揺れる穂の群れが、波のように寄せては返す。

その動きに合わせて、心の奥の結び目が少しずつ緩む。

 

 

再び口に運ぶ細い糸は、先ほどよりも静かにほどけていく。

舌の上で広がる冷えが、指先の温もりと対をなす。

その交わりが、名もない余韻となって沈む。

 

 

日が傾き、影は地面に溶け込むように薄れていく。

足裏の感触もまた、やわらかくほどけて境目を失う。

 

 

水辺に腰を下ろすと、石の冷たさがじわりと伝わる。

手のひらに残る木のざらつきが、まだ消えずに息づいている。

風は弱まり、音だけが遠くへ流れていく。

 

 

薄闇の中で、白い糸の記憶が淡く浮かび上がる。

それは形を持たず、ただ舌と指に残る確かな感触として漂う。

 

 

歩き出すと、土の柔らかさがわずかに変わっている。

かかとから伝わるその違いが、静かな確かさとなって残る。

振り返ることなく、ただ前へと重ねていく。

 

 

宵の気配が満ちるころ、冷えはやさしく肌を包む。

胸の奥に沈んだ味と手触りが、ほどけずに灯り続ける。

 

 

薄闇はさらに深まり、地と空の境がやわらかく溶け合っていく。

足裏に残る温もりがわずかに揺らぎ、次の一歩を静かに誘う。

 

 

かすかな風が頬を撫で、昼に触れた冷えとは異なるぬくみを含んでいる。

その移ろいが肌を伝い、内に沈んでいた感覚をそっと呼び起こす。

指先に残る記憶が、再び形を持ち始める。

 

 

遠くで水の気配がほどけ、耳の奥に淡く広がる。

その音に重なるように、胸の内で静かな波が返していく。

 

 

歩みの中で、すべての感触がひとつに溶け合っていく。

味も冷えも手触りも、境を失いながらゆるやかに沈む。

やがて残るのは、ほどけきらぬ余韻だけとなる。

 




夜気がやわらかく降りてきて、すべての輪郭を曖昧にしていく。
足を止めると、地面のぬくもりがかすかに残り、消えきらぬ余韻を抱く。


舌と指に残った細い記憶が、静かにほどけずに漂っている。
触れようとすれば遠ざかり、それでも確かにここに在る。


闇の中へ歩みを進めると、風がわずかに形を変える。
その変化に身を任せながら、結び目の続きをたどっていく。
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