泡沫紀行   作:みどりのかけら

1447 / 1455
やわらかな春の気配が、まだ見ぬ景の輪郭をかすかに浮かび上がらせる。
足を踏み出すたびに、遠い記憶がほどけるように胸の奥で揺れる。


まだ名を持たぬ風が頬をかすめ、行き先を静かに示している。
その気配に導かれるように、歩みは自然とゆるやかに続いていく。


淡い光の中で、すべてが始まりを拒まずに受け入れている。
触れる前から、すでに懐かしさが滲んでいる気がしてならない。



1447 古の里に宿る時の彩

やわらかな風が頬を撫で、土の匂いが浅い記憶を呼び起こす。

指先に触れた草のひやりとした感触が、遠い時間の端をなぞる。

 

 

薄くひらいた花びらが、光を含んで淡い色を揺らしている。

歩みのたびに靴底へ伝わる柔らかな土の弾みが、胸の奥をほどく。

 

 

水面は静かに息をして、空の色を細く裂いて映している。

 

 

かすかな湿り気を帯びた空気が袖にまとわりつき、春の深さを知らせる。

指で触れた石はぬくもりを含み、日差しの名残を秘めていた。

 

 

遠くで揺れる枝の影が、時の流れをゆるやかに折り曲げる。

その重なりが、縫い継がれた布のように景色をつなぎ直していく。

足音はやがて小さく沈み、静寂の奥へ溶けていく。

 

 

風に乗って漂う甘い香りが、喉の奥にやさしく残る。

 

 

陽はまだ高く、白い光が水辺を細やかに照らしている。

その輝きに目を細めるたび、胸の奥で何かがほどけていく。

 

 

土を踏むたびに、わずかな湿りが足裏に伝わる。

その重みが、ここに在ることを確かにしていく。

手のひらに触れた葉は薄く、光を透かして淡い影を落とした。

 

 

淡く霞む景色の奥で、時間はゆっくりとほどけていく。

 

 

小さな水音が耳に届き、ひとつの記憶が波紋のように広がる。

その輪はすぐに消え、また別の静けさに溶けていく。

 

 

乾いた風が頬をかすめ、ほんの少しだけ温度を運んでくる。

それは遠い季節の残り香のようで、胸の奥をくすぐる。

 

 

視線の先に広がる淡い色の層が、重なり合ってひとつの景を形づくる。

その奥行きに、まだ触れたことのない時間が潜んでいる気がする。

歩みは自然とゆるみ、息は静かに整っていく。

 

 

指先に触れた空気は冷たく、しかしやわらかく包み込む。

 

 

遠くの空は少しずつ色を深め、光を静かに畳み始める。

その変化は急がず、ゆるやかに景色を染めていく。

 

 

足元の小石がかすかに転がり、乾いた音を残す。

その響きは短く、すぐに周囲の静寂に溶けていく。

かすかな余韻だけが、耳の奥で揺れていた。

 

 

薄暗くなりはじめた空気が、肌にやさしく寄り添う。

 

 

かすかな光が残る中で、景色はひとつの布のようにまとまり始める。

触れるものすべてが、どこか懐かしい温度を帯びている。

 

 

風は次第に静まり、すべての音が遠のいていく。

その奥に、まだ名を持たぬ色がひそやかに息づいていた。

 

 

薄く残る光が地の気配に溶け、景色は静かに輪郭を失っていく。

足を止めると、空気のやわらかな重みが胸の奥へゆっくり沈んでいく。

 

 

指先で触れた冷えた石が、ひそやかな温もりを内に抱えている。

その感触は消えずに残り、やがて呼吸の奥へと溶けていく。

遠くでかすかな音がほどけ、静寂に織り込まれていった。

 

 

宵の色がやわらかく満ち、すべてがひとつの気配へと重なっていく。

歩みの記憶だけが、淡い糸のように胸の奥で静かに続いていた。

 




沈みきらぬ光が、景色の縁をやさしく縫いとめている。
歩みの余韻だけが、静かに身体の奥で息を続けている。


触れてきたものすべてが、かすかな温度を残して離れていく。
それでもその気配は、どこかでほどけずに留まっている。


やがて風は止み、色も音もひとつに溶けていく。
その静けさの中で、わずかな光だけが、宵の地図に残されていた。
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