泡沫紀行   作:みどりのかけら

1448 / 1455
乾いた風が頬をなぞり、遠くでほどけた光が地平の縁に滲んでいた。
足元の砂はまだ夜の冷たさを残し、踏むたびに微かな音を返した。


歩き出すと、見えない糸に導かれるように道がゆるやかに続いていた。
掌に触れる空気は軽く、どこか薄い膜を越える感触を伴っていた。
胸の奥で静かな揺れが生まれ、それが次の一歩を促していく。


空はまだ淡く、光と影の境が曖昧なまま溶け合っていた。
その曖昧さに包まれながら、足取りは次第に確かな重みを帯びていった。



1448 海峡の底で囁く影の城

潮の匂いが薄く乾いた風に混じり、歩くたびに胸の奥で静かに揺れた。

崖の縁に沿う道は白く光り、足裏にざらりとした砂の感触を残していく。

 

 

陽は高く、影は短く、岩肌のひびにたまる熱がじわりと伝わる。

 

 

波は見えぬ深さで息をひそめ、時おり低く唸るように底から響いた。

耳を澄ますと、その響きは古びた布を裂くように細く震えていた。

指先に触れた岩は温かく、塩の粒がこびりついていた。

 

 

空の青はどこまでも軽く、足元の暗さと交わらないまま広がっていた。

その隔たりを埋めるように、風だけが行き来していた。

 

 

道の曲がり角で、乾いた草が肌に触れ、かすかな痛みを残した。

その痛みはすぐに消えず、じんわりと熱を帯びて広がっていく。

遠くで砕ける気配があり、見えぬ水が形を変えていると知る。

足を止めると、膝の奥で遅れて揺れが返ってきた。

 

 

薄い雲がひと筋、空を横切り、光をやわらかく濁した。

 

 

岩陰に入ると、急に冷えた空気が頬にまとわりついた。

湿り気を含んだその冷たさは、指の間まで静かに染み込む。

掌を地に置くと、そこだけ時間が遅れているように感じた。

 

 

再び光の中へ出ると、まぶしさが瞼の裏に白い波を描いた。

呼吸は浅くなり、胸の内で小さな泡が弾けるようだった。

 

 

崖下から吹き上がる風は、潮と影の匂いを運んできた。

その匂いは甘くも苦くもなく、ただ古い記憶のように曖昧だった。

耳元でささやくような音が続き、言葉にならない輪郭だけを残す。

足元の石がわずかに揺れ、均衡が崩れかけては戻る。

指先で掴んだ草は、乾ききらぬ芯を持っていた。

 

 

陽は傾きはじめ、光が斜めに差し込んで岩の影を引き延ばした。

 

 

影の中に入ると、昼の熱が嘘のように引いていった。

その静けさは深く、音がすべて底へ沈んでいくようだった。

わずかに残る温もりが、掌にかすかな脈を伝えた。

 

 

足を進めるごとに、景色は縫い合わされるように繋がっていく。

裂け目のような暗がりと、光の面が交互に現れる。

 

 

崖の端に立つと、下からの気配が形を持って迫ってきた。

それは見えないまま、影だけを押し上げてくる。

胸の奥でその重みを受け止めると、呼吸が少し深くなった。

足元の砂がさらりと流れ、均衡を保つために身体が傾く。

 

 

空は次第に色を失い、淡い灰へと溶けていった。

 

 

暗さが満ちるころ、音はより近く、より柔らかくなった。

底からの囁きは途切れず、ひとつの布のように広がる。

その布に触れるように、意識がゆっくりと沈んでいく。

 

 

振り返ると、歩いてきた道は影に縫い込まれていた。

その縫い目はほどけることなく、ただ静かに宵へ沈んでいった。

 




宵の気配が満ちると、すべての輪郭が柔らかくほどけていった。
指先に残る塩のざらつきだけが、歩いてきた時間を静かに繋いでいた。


足を止めると、遠くからの囁きはもう形を持たず、ただ広がるだけだった。
胸の奥に沈んだ重みは、いつのまにか軽やかな影へと変わっていた。
風は何も告げず、それでも確かな余韻を残して過ぎていった。


振り返ることなく歩みを続けると、背後の気配はゆっくりと溶けていく。
見えない縫い目が閉じられ、宵の中に静かに沈んでいった。
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