泡沫紀行   作:みどりのかけら

1452 / 1455
雪の降り始めは音もなく、空の底がゆるやかにほどけていくようだった。
歩き出す前から、白はすでに道の輪郭を曖昧にしていた。


冷えた空気を吸い込むと、胸の奥が静かに澄んでいった。
遠くの気配は薄く、ただ何かがそこに在るという感触だけが残っていた。
足先に伝わる硬さが、これから辿る距離をかすかに示していた。


踏み出した一歩は軽く、しかし戻ることのない重みを含んでいた。
雪に覆われた大地は、過去のすべてをやさしく隠しているようだった。



1452 影に眠る奉行の幻影

雪の気配が低く漂い、足裏にひそやかな軋みを覚えながら歩いた。

白の奥で息がほどけ、遠くにかすかな木の影が揺れていた。

 

 

凍りついた土は硬く、踏みしめるたびに乾いた響きを返した。

袖口に触れる風は細く、針のように皮膚をかすめて過ぎていった。

かつて人の気配を宿した形が、雪の下で眠りを保っていた。

 

 

薄明の色が空を均し、影はひとつに溶け合っていた。

私はその重なりの中に足を入れ、音を立てぬよう歩みを落とした。

 

 

古びた木肌に触れると、指先へ冷えがゆっくり染みこんだ。

その感触は乾いていながら、どこか湿り気を含んでいた。

長い年月が重なり、静かに息を潜めているようだった。

 

 

積もる雪の重みで、形は丸く曖昧に変わっていた。

輪郭の失われたものたちが、かえって確かな存在を持つように思えた。

 

 

足首にまとわりつく雪が柔らかく、歩みをゆるやかに引き止めた。

冷たさは痛みに変わらず、ただ深く沈み込むように残った。

 

 

空気は澄みきり、息を吐くたびに白がひとひら生まれた。

それはすぐにほどけ、また見えぬものへ戻っていった。

同じことが幾度も繰り返され、時間の輪郭が薄れていった。

 

 

かすかな軋みが耳に残り、それがどこから来るのか分からなかった。

足元か、それとも遠い記憶の中か、曖昧なままに響いていた。

 

 

木の節に沿って指を滑らせると、ざらつきが肌に刻まれた。

その微かな痛みが、ここにある確かさを教えてくれた。

冷えた空気の中で、その感触だけが温度を持っていた。

 

 

雪面に残るわずかな凹みが、誰かの通った跡のように見えた。

しかしそれはすぐに埋もれ、何もなかったかのように均された。

 

 

歩みを進めるほどに、音は遠のき、静けさが濃くなった。

その濃さは重くはなく、ただ柔らかく包み込んでいた。

 

 

指先の感覚が鈍くなり、布越しの温もりも薄れていった。

それでも歩みは止まらず、ただ一定の速さを保っていた。

雪の冷えと体の内側が、ゆるやかに均されていくのを感じた。

 

 

淡い光が差し込み、影の輪郭がわずかに浮かび上がった。

それはすぐに揺らぎ、再び白の中へ沈んでいった。

 

 

足裏に伝わる硬さが変わり、わずかな段差が現れた。

踏みしめると、古い木のような響きが静かに返ってきた。

その音は低く、深く、長く余韻を残した。

 

 

風が頬を撫で、乾いた冷たさがゆっくり広がった。

その感触はやがて馴染み、境目を失っていった。

 

 

重ねられた時間が、形を持たずにここに留まっていた。

それは触れられず、ただ感じ取ることだけが許されていた。

 

 

歩みの中で、白と影の境が曖昧になっていった。

どちらも同じもののように思え、区別は意味を失っていた。

静けさがそれを包み、すべてを均していった。

 

 

やがて足を止めると、音のない空間だけが残った。

雪は変わらず降り続き、形を持たぬまま重なっていった。

 




歩いてきた痕跡はすでに見えず、白は均一な広がりへと戻っていた。
振り返る意味も薄れ、ただ今の静けさだけが残っていた。


冷えた指先はわずかに感覚を取り戻し、微かな痛みを伴っていた。
その感覚が、ここにいた時間を確かに刻んでいた。
風は変わらず吹き、すべてを均すように流れていた。


足を止めた場所にも、やがて同じ雪が降り積もるだろう。
形を持たぬまま、記憶だけが静かに沈んでいく気配があった。
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