泡沫紀行   作:みどりのかけら

1505 / 1506
薄い雲が山肌を覆い、まだ名も持たぬ静けさだけが広がっている。
風は遠くから来て、何も告げずに消えていく。
足を踏み入れる前から、境界はすでに揺らいでいる。


湿った土の気配が、見えない深さからゆっくりと立ち上がってくる。
空は低く、光は淡くほどけ、すべてが始まりを忘れかけている。
呼吸の奥で、まだ形にならない旅の気配が微かに鳴っている。


静寂はすでに満ちており、進む先も戻る先も区別を失っている。
ただ山だけが、ゆるやかな重さで世界を抱いている。



1505 天を抱く雲峰の聖域

雲を抱く峰の気配が、歩む足裏へ静かに沈み込んでゆく。

薄い空気が喉を撫で、硝子のような内側がわずかに静かに震える。

 

 

草の匂いが湿った風に混じり、胸の奥へ淡く広がってゆく。

 

 

雲の裂け目から落ちる光が、岩肌を柔らかく撫でて消える。

掌に触れる石の冷たさが、歩みの記憶を静かに刻んでゆく。

遠くで揺れる気配が、視界の縁をゆっくりと溶かしていく。

 

 

足元の土は柔らかく沈み、過去の温度をわずかに残している。

息を吸うたびに、山の深い静寂が内側へ流れ込んでくる。

 

 

額を伝う汗が冷え、硝子の内側で光が細く揺らいでいる。

 

 

雲海のような白が谷を満たし、歩みの輪郭を曖昧にしてゆく。

指先に残る風の感触が、記憶の奥へ静かに沈殿していく。

岩陰に滲む冷気が、骨の奥までゆっくりと染みわたる。

視界の遠さが近くなり、境界がほどけるように揺らいでいる。

 

 

鳥の気配すら届かない静けさが、歩みの音を吸い込んでゆく。

空の高みから降りる光が、肩の上で淡く砕けて消える。

 

 

苔むした岩に触れるたび、時間の層が指先へ滲み出す。

風の流れが変わるたび、心の奥に微かな波紋が広がる。

雲の影が地を渡り、歩く速度だけが世界に残っている。

 

 

硝子の奥に眠る光が、わずかな痛みとともに目覚めている。

 

 

草を踏むたびに響く音が、遠い記憶と静かに重なっていく。

空気の薄さが思考をほどき、ただ歩く感覚だけを残していく。

 

 

雲の裂け目に差す光が、山肌の輪郭をゆっくりと描き直す。

手のひらの熱が風に奪われ、静かな透明へと変わっていく。

内側の硝子が鳴るように震え、見えないひびが広がっている。

 

 

足跡が消えては現れ、山の呼吸と同じ速度で揺れている。

遠い雲の流れに合わせて、心の輪郭もほどけていく。

 

 

光と影の境が溶け、ただ静かな重さだけが残っている。

 

 

石の表面を撫でる指が、冷えた記憶の層に触れている。

風の匂いに混じる湿り気が、呼吸を深く引き込んでいく。

足裏に伝わる微かな振動が、山の鼓動と重なってゆく。

視界の白さが増し、時間の感覚が遠くへ離れていく。

 

 

雲の奥へ沈む光が、歩く影を静かに薄めていく。

硝子の内側に広がる静寂が、形を持たぬ空へ溶けている。

 

 

草の揺れが止まる瞬間、世界の輪郭がひとつになる。

風の流れに身を預けると、境界が音もなく消えていく。

胸の奥で微かに鳴る響きが、山の深さへと続いている。

 

 

透明な痛みのような光が、静かに内側へ降り積もる。

 

 

雲の峰が遠ざかるほどに、歩みは軽く静かにほどけていく。

硝子の魂はひとつの呼吸となり、山の静寂へと還っていく。

 




雲の白さはすべてを覆い、歩みの痕跡すら柔らかく消していく。
残された感覚は薄く、風の内側に溶けて見えなくなる。
硝子の奥で揺れていた光も、静かに沈みながら形を失っていく。


山の鼓動だけが遠く続き、在ることと消えることの境が消えている。
冷えた空気はやがて温度を持たず、ただ透明な流れへと変わる。
思考の最後の輪郭までもが、雲の奥へとほどけていく。


すべての終わりは静かに重なり、始まりの気配へと還っていく。
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