泡沫紀行   作:みどりのかけら

1511 / 1514
冬の気配はまだ遠くにありながら、空気の奥で確かに冷えが形を持ちはじめている。
歩みはその気配に導かれるように、緩やかな傾斜をたどっていく。


潮の匂いは薄く、しかし確かな輪郭で呼吸の奥に沈み込んでくる。
遠くで崩れる波音が、静かな鼓動のように繰り返されている。


岩の影はまだ名を持たず、ただ濃淡として視界の端に滲んでいる。
その曖昧さが、これから向かう場所の気配をかすかに示している。



1511 荒波の孤影岩門

冬の海辺へ続く歩みは灰色に溶け、潮の響きだけが胸で脈打つ。

冷えた風が頬を撫で、塩の匂いが記憶を揺らし足元へ落ちる。

 

 

岩肌は冬光を吸い黒く濡れ、門のように海へ立ち尽くす。

波は砕け白く散り、岩の根へ寄せては静かに消えていく。

砂に沈む足は形を失いながら温度だけを残していく。

 

 

海と岩の境がほどけ、輪郭だけが夢のように滲んでいる。

 

 

風は衣の隙へ入り骨の奥へ冷えを残して過ぎていく。

遠い波音は重なり単調な律動で時間を揺らしている。

 

 

砂は指先で崩れ湿りを含み掌へ沈み込んでいく。

岩肌のざらつきは冷たく触れるたび微かな痛みを残す。

海霧の飛沫が頬に触れ塩が肌へ溶けて感覚を曖昧にする。

曖昧さの中で時間の輪郭がほどけ歩みの重さだけが増す。

 

 

岩門の影は年月を沈黙で受け止め海の記憶を閉じ込める。

その前に立つと輪郭は薄れ風景へ溶ける感覚が広がる。

 

 

波は寄せて退き世界の端を少しずつ削っていく。

白い飛沫の向こうで岩影は揺れ境目が静かに揺らぐ。

私は揺らぎに身を預け呼吸の間隔が伸びていく。

 

 

冬光は薄く広がりすべてを均し静かな重さで覆う。

 

 

砂は冷え微かな温度を抱え歩くたび痕跡を消す。

振り返らず進むほど風景は内側へ沈んでいく。

 

 

岩の裂け目に溜まる水は空を映し揺れながら静か。

静寂は音の欠如でなく密度として肌に触れてくる。

私は立ち止まり時間の緩みを確かめている。

 

 

潮の匂いは濃く呼吸ごとに奥へ染み込んでいく。

それは記憶にも未定の感情にも似ている。

 

 

泡は生まれては消え儚い反復が永遠の錯覚を生む。

岩肌の水は銀に光り一瞬で消えていく。

変化は層となり感覚として積み重なる。

私はその中で境界の曖昧さを受け入れている。

 

 

風がわずかに向きを変え影の静けさを深める。

 

 

海と空の境は消え灰色の布のように広がる。

私は歩み続け足音だけが確かに残る。

 

 

冷気は肺で形を変え微かな痛みとして沈む。

岩影は長く伸び時間が傾く錯覚を呼ぶ。

私は傾きの中で重心を探り続ける。

 

 

波音は遠のかず内側で記憶の底に響く。

その響きに導かれ歩みは深く沈む。

 

 

岩門の奥には見えぬ潮流が形なき時間を削る。

流れは音なく圧として全身へ広がる。

私は圧の中で呼吸さえ風景へ溶ける。

境界の消えかけた世界に静かな存在だけが残る。

 

 

輪郭は薄れ岩も海も静かな気配へ還る。

歩みの記憶だけが残響となり漂っている。

 

 

波はなおも途切れず、岩の足元で細かな泡となり消えていく。

その反復の奥に、言葉にならない沈黙の層が積もっている。

 

 

冷えた空気は薄く震え、皮膚の奥へ静かに浸透していく。

 




岩門の影は遠ざかり、記憶の中でだけゆっくりと輪郭を保っている。
歩みの余韻だけが足元に残り、砂の感触がまだ消えきらずにいる。


潮の響きは内側へ移り、静かな波として思考の底に漂っている。
風の冷たさもすでに遠く、ただ名残のような気配だけが残る。


すべての輪郭はやがてほどけ、静かな灰色の層へと沈んでいく。
そこには終わりではなく、薄く続く時間だけが広がっている。
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