泡沫紀行   作:みどりのかけら

1516 / 1517
薄く曇る朝の気配が指先に触れ、まだ名を持たぬ時間の中へ歩みを預けていた。
湿りを含んだ空気は静かに沈み、呼吸の奥で淡い重さへと変わっていく。


遠くで揺れる光は輪郭を持たず、世界の端がほどける予兆だけを残していた。



1516 若芽に眠る城郭迷宮

春の湿りを帯びた風が、堀の水面をゆっくり撫で、私は石畳に滲む影を追いながら歩いていた。

 

 

芽吹きかけた枝先が淡い気配を溜め、私は指先に残る冷えた空気の重さを確かめた。

水面には揺らぐ空が沈み、歩みごとにその輪郭が静かに崩れていく。

 

 

足裏に伝わる砂利の微かな軋みが、静けさの奥に潜む遠い鼓動を浮かび上がらせる。

 

 

苔むした土塁に手を触れると、湿り気が掌に薄く移り、時の層が柔らかく沈んでいた。

遠くで鳥の気配が風に溶け、目に見えぬ線が空を撫でるように広がっていく。

 

 

曲がりくねる道の先に、光を含んだ水辺がひらき、私は胸の奥に小さな温度の変化を覚えた。

 

 

木立の間を抜けると、薄い光が層をなして落ち、肌に触れる粒子のように揺れていた。

その光の中で呼吸が少しだけ深くなり、内側の輪郭が静かに整っていく。

 

 

水辺から立ちのぼる微かな匂いが、冷たい空気と混ざり合い、記憶の奥を曖昧にほどいていく。

 

 

並ぶ石を踏むたび、足元から小さな振動が身体へ伝わり、歩くことが思考の代わりになっていく。

その振動の奥で、静かな水音が薄く重なり、時間の境界がやわらいでいった。

 

 

空を映す水の表面に、淡い揺らぎが生まれ、私はその揺らぎに視線を沈めていた。

 

 

風が通るたびに枝が微かに鳴り、見えない糸が空間を編み直すような気配があった。

その気配の中で、歩みはいつしか目的を失い、ただ流れに寄り添う形へ変わっていく。

 

 

湿った土の柔らかさが靴底越しに滲み、足取りがゆっくりと地面へ溶け込んでいく。

 

 

枝先に残る薄い花の気配が、目の奥に淡い光として滲み、視界を静かに染めていた。

その光の層は呼吸とともに揺れ、内側の時間をほどいていく。

 

 

遠くの水面がわずかに鳴るように揺れ、私はその響きを胸の奥で受け止めていた。

 

 

歩みを重ねるほどに影は薄れ、境界は溶け、身体だけが静かな輪郭として残っていく。

その輪郭は風に触れるたび揺らぎ、確かなものから離れていった。

 

 

頬をかすめる冷気がわずかに湿り、肌の上で春の名残をそっと描いていく。

 

 

水と土の間に沈むような静寂が広がり、音は遠くから柔らかく戻ってくるだけだった。

その往復の中で、時間はほどけた糸のようにゆっくりと解かれていく。

 

 

見上げた枝の先で揺れる光が、ひとつの呼吸のように空へと溶けていった。

 

 

歩みを止めてもなお水面は揺れ続け、私はその余韻の中に静かに立ち尽くしていた。

 

 

静けさの中で水面の揺れだけが続き、私は影のほどけ方を目で追い続けていた。

風は細い糸のように背後を抜け、時間の輪郭をわずかに押し広げていく。

 

 

足元の石は冷たく、湿りを含んだ重さで私の立ち位置を静かに支えていた。

その感触に合わせるように呼吸がゆっくり沈み、胸の奥のざわめきが遠のいていく。

 




水面に残る揺らぎはすでに音を失い、ただ光の層だけが静かに重なっていた。


歩みの痕跡はどこにも定まらず、風の中に溶けたまま戻ることはなかった。
残された感覚だけが微かに続き、終わりという言葉すら薄れていった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。