泡沫紀行   作:みどりのかけら

1532 / 1541
白の気配がまだ遠くに眠っていた。
私は薄い空の層の下で、歩みの始まりを確かめていた。
音のない広がりだけが、足元に静かに敷かれていた。


冷えた風はまだ輪郭を持たず、ただ肌の表面をかすめていた。
遠い斜面にはかすかな明るさが滲み、境界を曖昧にしていた。
その曖昧さの中で、歩く理由だけが微かに残っていた。


足裏に伝わる地の硬さは静かで確かな重さを持っていた。
呼吸は浅く、空へ溶けるように消えていく感覚があった。
見上げた先の白はまだ形を持たず、ただ広がっていた。



1532 天空を裂く白銀回廊

白く裂ける稜線の気配が遠くでかすかに震えていた。

私は薄い空気の中を一歩ずつ踏みしめながら進んだ。

 

 

岩肌に残る雪解けの水が指先をひんやりと冷やす。

風は斜面を細く滑り落ちるように流れていく。

その音は遠い記憶の底を深く撫でていた。

 

 

雲の裂け目から射す光が白い回廊を描き、歩みの影を細く伸ばしながら、

氷の気配と遠い沈黙を抱えたまま、静かな高さへと誘い込んでいった。

 

 

足裏に伝わる石の鋭さが、歩みの確かさを試していた。

呼吸は薄く、胸の奥で長く静かに反響していた。

 

 

湿った空気がさらに肌にまとわりつき、重さを帯びていた。

指先はじわりと冷え、感覚が少しずつ輪郭を失う。

それでもなおも目は遠くの明るさを追い続けていた。

 

 

崖沿いの空間は広がりと圧迫を同時に奇妙に抱えていた。

歩くたびに心の奥が静かにわずかに揺れた。

 

 

白銀の層は静かに重なり、時間の流れを隠していた。呼吸さえ沈めるようにその厚みは続いていた。

 

 

風が頬をかすめ、細い刃のように鋭く冷たかった。

雪の残片が足元で軋む音を立てる。

そのたびに世界の輪郭がわずかに歪むように見えた。

 

 

遠くの空は淡く、境界を失いかけていた。

私はその曖昧さにただ身を委ねていた。

 

 

体温はゆっくりと外へと溶け出していくように感じられた。

代わりに空の冷たさが静かに内側へと入り込む。

 

 

積もる静寂は音よりもどこまでも深く響いていた。

歩みは次第に軽くなり、境界が薄れるように感じられる。

思考は白い層の中でゆっくりとほどけていく。

 

 

ただ光と影だけが確かな輪郭を保っていた。それ以外は曖昧だった。

 

 

斜面の向こうに見えない広がりが息づいている。

その気配に導かれるように足を進めた。

 

 

空気は薄く、しかしさらに密度を持っていた。

肩にかかる重みが静かに増していく。

それでも歩みは決して止まらなかった。

 

 

白の層は時折ゆらぎ、奥行きを変えていた。

その揺らぎに視線が吸い込まれていく。

 

 

唇の乾きだけが微かな痛みとして現実の輪郭を残していた。

 

 

上方から降る光は柔らかくも、すべてを均していた。

影は細くゆっくりと伸び、静かに溶けていく。

歩みはもはや完全に音を持たなかった。

 

 

白い回廊の果てに、深い無音が広がっていた。

私はその中で立ち止まり、ただ空の重さを受け止めていた。

 

 

白の奥にわずかな温度が滲み、見えない地面が呼吸しているようだった。

私はその気配に足を預け、静かな沈みの中へさらに深く進んだ。

 

 

風は細い糸のように岩肌をなぞり、静かな音もなく消えていく。

その流れに身を寄せると、世界の輪郭がさらに遠のいたように感じられた。

 

 

白い静寂の奥で、時間の感覚だけがゆるやかにほどけていく。

歩みは止まらず、ただ光の薄い層を縫うように静かにさらに奥へと続いていた。

 




白の層はすでに遠くへ退き、静かな余韻だけが残っていた。
私はその余韻の中で、歩みの終わりを確かめていた。
風は弱く、すべてを均すようにゆっくりと流れていた。


足元の感覚は戻り、岩の硬さが静かに現実を結んでいた。
遠くの明るさは薄れ、空は柔らかな色へと沈んでいた。
身体の奥に残る冷えだけが、確かに旅の名残を示していた。


振り返ることなく、その場に広がる静寂をただ受け止めていた。
白銀の記憶はすでに形を失い、空気の中に溶けていた。
それでも歩みの感覚だけが、深く静かに残り続けていた。
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