泡沫紀行   作:みどりのかけら

1536 / 1541
冷えた闇の層がゆっくりと開き、歩みの記憶だけが先へ滲んでいた。
見えない地の奥で、静かな振動が繰り返されている。


石の深部に沈む光は、まだ形を持たずに揺れていた。
その揺らぎは呼吸のように間隔を刻み続ける。
境界は最初から曖昧にほどけていた。


触れる前から、すべては微かな圧としてそこに在った。
沈黙は重さを持ち、ゆっくりと内側へ沈んでいく。



1536 深峡の雷脈制御核

深い峡の底へ歩みを落とすと、岩肌は硝子のように湿り、淡い光を吸い込んでいた。

足音は吸われ、空間だけが遅れて応えている。

硝子の気配だけが底で静かに呼吸していた。

 

 

足裏に触れる冷えは深く、石の脈が微かに震えているようだった。

冷えは膝へ這い上がり、歩みの重さを静かに増していく。

見えない重さが歩行そのものを引き延ばしていた。

 

 

峡壁から滴る水は連なり、耳の奥で遠い鼓動のように響く。

その律動は途切れず、暗がりを少しずつ編み直していく。

音は体の内側にも同じ形で残っていた。

 

 

掌に触れた岩は乾いているのに、奥だけが生き物のように温かい。

指を離しても熱は残り、皮膚の内側へ沈んでいく。

触れた感覚だけが遅れて消えていく。

 

 

風は細い刃のように空隙を抜け、肌の上を滑っていく。

通るたびに体温が薄く剥がされていくようだった。

その冷たさは繰り返し同じ軌跡を刻んだ。

 

 

上方から降る圧は目に見えず、肩へ静かに積もっていく。

空間そのものが重く沈み、呼吸を遅くしていく。

時間の輪郭までも曖昧にほどけていた。

 

 

足を進めるたび、地の奥で結び目が解けては結ばれる気配がある。

同じ場所を歩いている錯覚が繰り返し戻ってくる。

その揺らぎだけが道を示していた。

 

 

喉にまとわる湿気は重く、呼吸は霧をすくうように続く。

吐くたびに世界の輪郭が少しずつ曇っていく。

霧は内部にも静かに満ちていた。

 

 

岩の裂け目に溜まる黒い水は底を見せず静止している。

その静止の奥に微かな振動だけが残っている。

深さは音のない形で広がっていた。

 

 

指先は冷え切り、触れるものすべてが遠い金属の質感に変わる。

感覚は薄れ、輪郭だけが残されていく。

現実は少しずつ剥がれていく。

 

 

奥へ進むほど光は意味を失い、ただ揺らぎだけが残る。

闇は均一ではなく、層として呼吸していた。

その呼吸は静かに繰り返されている。

 

 

石壁に耳を寄せると、遠い雷のような振動が骨へ染みる。

その響きは胸の奥で低く留まり続ける。

体内が共鳴するように震えていた。

 

 

肩にのしかかる空気は重く、歩みは泥に沈むように遅くなる。

一歩ごとに体が深く引き込まれていく。

沈みは止まることなく続いていた。

 

 

深部の闇はただ黒ではなく、幾重にも重なる層として揺れている。

その奥で微かな光が生まれては消えていく。

光は闇の呼吸の中で揺れていた。

 

 

指に残る痺れは、見えない稲妻の痕跡のように疼いている。

その感覚は時間をわずかに遅らせる。

痺れはまだ消えずに残っていた。

 

 

足元の水は静かに脈打ち、境界を曖昧に溶かしていく。

石と水の区別はゆっくりと崩れていく。

循環だけが確かに続いていた。

 

 

頬をかすめる冷気は鋭く、皮膚の奥へ細い線を刻み続ける。

その線は全身へ広がり、輪郭を作り直す。

存在は静かに削られていく。

 

 

歩みの終わりに近づくほど静寂は重さを増し、身体の輪郭を溶かしていく。

その奥に名づけられない響きが潜んでいる。

静けさだけが深く残っていた。

 




深い層の揺れはやがて静まり、残響だけが内側に残っていた。
歩みの痕跡は形を失い、空間へと溶けていく。


冷えはまだ皮膚の奥に薄く残り、時間の輪郭を曖昧にしていた。
それでも境界は静かに閉じていく。
呼吸だけが一定の間隔を保っている。


すべての振動が遠ざかったあとも、微かな共鳴は消えずに続いていた。
沈黙は終わりではなく、深さの別の形として残っている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。