泡沫紀行   作:みどりのかけら

1537 / 1541
山あいに残る雪はまだ薄青く、踏むたび湿った音を返していた。
朝の靄は低く流れ、枯れ枝の先だけを白く隠していた。


古い道には細かな砂利が浮き、草履の裏へ冷えを染み込ませた。
遠くで水の落ちる音が続き、その響きだけが空の深さを知らせていた。
乾いた喉へ山風が触れ、胸の奥まで静かに澄んでいった。


杉の並ぶ坂を見上げると、暗い梢の隙間に淡い春の色が滲んでいた。
湿りを帯びた土の匂いは重く、旅の埃をゆっくり沈めていった。



1537 白蓮に目覚める古刹の夢

湿りを含んだ風が山裾から流れ、草履の裏に淡い泥を貼りつけた。

杉の根元にはまだ薄い雪が残り、白さだけが朝の暗みから浮いていた。

 

 

低い雲がゆるやかに崩れ、軒先から垂れた水が石を細く打っていた。

濡れた袖口は冷え、指先だけが遅れて季節を悟った。

 

 

長い坂を踏み上がるたび、胸の奥で鈍い息が揺れた。

苔を噛んだ石段は柔らかく沈み、足裏に古い水気を返してきた。

乾ききらぬ土の匂いが、衣の内側まで入り込んでいた。

 

 

深く組まれた木の影は静かで、見上げるほど暗かった。

細い隙間を抜けた光だけが、床の端に白く滲んでいた。

 

 

戸口に触れると、冷えた木肌が掌に重く残った。

爪のあたりまで冷気が沁み、わずかに肩が縮んだ。

奥から漂う香の淡さは、雨水に濡れた灰のようであった。

 

 

濡れた庭土に白い花弁が散り、薄皮のように貼りついていた。

踏まずに歩こうとするほど、裾が湿りを吸い込んでいく。

風が止むたび、耳の奥だけが不思議に明るくなった。

 

 

柱に刻まれた傷へ指を沿わせると、細かな裂け目が乾いていた。

遠い年月のざらつきが皮膚へ残り、歩幅まで静まっていった。

 

 

薄暗い廊の隅で、小さな火がゆっくり揺れていた。

煙はまっすぐ昇らず、低い天井に淡く滞っていた。

その揺れを見ていると、旅のあいだ胸に溜めたものが、少しずつ沈んでいった。

 

 

山から流れてきた水音が、床下の空洞で細く響いていた。

耳を澄ますほど遠ざかり、また近づいてくる。

冷えた板の上に座ると、腰骨へ硬さがじかに伝わった。

 

 

白い花を抱えた枝が風に擦れ、乾いた音を零していた。

その響きは夜更けの衣擦れに似て、胸の奥でゆるく揺れた。

 

 

曇り空がわずかに裂け、濡れた瓦へ薄陽が差した。

淡い光はすぐ陰へ呑まれ、それでも木肌だけは静かに艶を返していた。

雨上がりの匂いに混じり、若い草の青さが鼻先をかすめた。

 

 

歩き疲れた脚を伸ばすと、脛に鈍い熱が溜まっていた。

草履を脱いだ足裏には細かな砂が残り、指先へざらりと触れた。

 

 

軒下に落ちた雫は途切れず、同じ場所へ小さな輪を作っていた。

それを見つめていると、眠りかけた記憶の底で白い影だけが揺れた。

 

 

風が抜けるたび、堂内の暗みが静かに動いた。

誰も触れていないはずの灯が、ひと息ごとに細く痩せていった。

冷えた空気の重さだけが、肩へ柔らかく積もっていた。

 

 

杉の梢から落ちた水が頬を打ち、薄い冷たさを残した。

空はまだ灰色のままで、山並みも淡く霞んでいた。

それでも湿った土の奥には、やわらかな芽吹きの気配が沈んでいた。

 

 

坂を下りるころには、衣の裾が歩みに合わせ静かに乾き始めていた。

振り返った先の屋根は霧へ溶け、白い花だけがぼんやり浮いていた。

 




暮れ残る空は淡く濁り、山際だけに細い光が留まっていた。
濡れた石畳は冷えを抱えたまま、歩幅に合わせ静かに鈍く光った。


遠ざかる屋根の影は霧へ溶け、白い花だけが夕闇へ浮いていた。
袖に残った香の匂いは薄れながらも、指先の冷たさだけを消さなかった。
風が止むたび、耳の奥で小さな水音が揺れていた。


坂を下りきった頃には、草履の裏の泥も乾き始めていた。
振り返る先にはただ暗い木々が重なり、その奥に淡い春の気配だけが眠っていた。
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