泡沫紀行   作:みどりのかけら

1540 / 1541
潮の気配が薄い膜となって視界を満たし、歩みの始まりを静かに曖昧にしていく。
風は冷たく、肌の上で細くほどけていった。


足元の砂は湿りを帯びて沈み、踏むたびに過去の層がゆっくりと崩れていく。
石の冷たさが足裏へと静かに伝わっていた。


遠くで揺れる光は形を持たず、硝子のような透明な痛みだけを残して消えていく。
呼吸の奥に潮の重さが滲んでいた。



1540 潮風に芽吹く失われた砦

潮の匂いを含んだ風が頬を撫で、遠い記憶の輪郭がほどけていく。

春の光は壊れた輪郭の上に薄く降り積もり、眠る石の群れを淡く浮かべていた。

 

 

足裏に残る砂の重さが、歩みの速度をゆっくりと変えていく。

崩れかけた構造の影が地面に伸び、風の通り道を静かに示していた。

私はその間を縫うように歩き、見えない時間の層に指先を触れさせる。

足元の砂が微かに崩れ、歩くたびに形を失っていく。

 

 

崩れた輪郭の上には、かつての重みだけが静かに残響していた。

潮風は鉄の記憶のように冷たく、皮膚の奥へと細く染み込む。

 

 

掌に触れる空気は湿り、目に見えぬ膜のようにまとわりつく。

石壁の隙間からは小さな芽が顔を出し、春の記憶を押し広げていた。

私はその芽の震えに視線を落とし、時間の柔らかさを測ろうとする。

湿った空気が衣の縁に絡み、重さを静かに増していく。

 

 

足首をかすめる草は冷たく、微細な水分が皮膚に残る。

壊れた段差に腰を下ろすと、石の硬さが骨へと静かに伝わる。

その感触の奥で、見えない潮の流れがゆっくりと脈打っていた。

 

 

崩落した石の積み重なりは、過去の呼吸を封じ込めているようだった。

その上を渡る風は軽く、しかし確かな重力を伴って私を押し進める。

 

 

喉に触れる塩気は乾きと混ざり、呼吸の奥に薄い層を作る。

遠くの崩れた影は空と溶け合い、境界の感覚を曖昧にしていく。

 

 

手を伸ばすと、風だけがそこにあり、何も掴むことはできない。

それでも指先には、確かに古い温度の残滓が絡みついていた。

崩れた砦のような沈黙が、あたり一面に広がり続けている。

その沈黙は耳の奥で鳴り、見えない波となって広がる。

 

 

肩に落ちる光は微かに重く、春の湿度をまとっている。

その重さは記憶の層を刺激し、歩みをさらに深く沈めていく。

 

 

指先に触れる石の冷たさは、長い眠りの深さを思わせる。

その冷えはやがて体内へと広がり、時間の境界を曖昧にする。

 

 

崩れた塔の名残は空を突き、かつての意志だけを残していた。

その意志は風にほどけ、細い線となって世界をなぞっていく。

胸の奥に溜まる湿り気が、潮の記憶と静かに混ざり合う。

呼吸のたびにその重さが変化し、身体の輪郭を再び描き直す。

私はただ、その変化の中で微かに揺れていた。

 

 

崩れた門のような空隙から、白い光が静かに滲み出している。

その光は形を持たず、ただ存在の輪郭だけを示していた。

 

 

背中に触れる風は冷えを運び、骨の内側まで浸透してくる。

その冷えは痛みではなく、むしろ透明な広がりへと変わっていく。

私はその変化を背負いながら、崩れた影の間を歩き続ける。

 

 

海の気配は次第に濃くなり、空と地の区別を曖昧にしていく。

その曖昧さの中で、私はただ静かに呼吸を続けていた。

その背後で崩れた影が揺れ、もう一つの時間を呼び起こす。

 

 

掌に残る砂粒は乾きと湿りを交互に抱え、微かな記憶を刻む。

それは消えることなく、歩みの奥で静かに光を帯びていた。

崩れた輪郭のすべてが、やがて一つの呼吸へと収束していく。

私はその余韻だけが、潮の奥へと静かにほどけていった。

 




風は次第に薄れ、崩れた影の輪郭だけが静かに残り続けている。
掌に残る冷えがゆっくりと記憶へと沈んでいく。


胸の奥に残る塩気はゆっくりと形を失い、沈黙の層へと溶け込んでいく。
歩みの痕跡だけが風に触れて揺れていた。


崩れた時間の隙間から、かすかな光がほどけるように広がり、触れられないまま静かに消えていく。
私はただその余韻に立っていた。
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