泡沫紀行   作:みどりのかけら

1562 / 1573
霧雨の続く石路では、足音だけが青白く沈んでいた。
私は濡れた外套を抱え直し、硝子粉の混じる風を胸へ受け入れた。
谷の奥からは、冷え切らない炉灰の気配だけが静かに流れてきた。


崩れた水門の脇には、紅青まだらの鉱石が積み重なっていた。
触れるたび掌へ鈍い熱が返り、指紋の奥へ重さが残った。
そこには既に誰かの痕跡が薄く乾き、湿った沈黙だけを地面へ伏せていた。


夕闇が降りる頃、峡路の壁面に細かな鋳型の影が浮かび始めた。
私は肩へ滲む冷気を押さえ込みながら、その窪みを一つずつ撫でて歩いた。
風は鉄を磨ぐような匂いを含み、骨の内側をゆっくり軋ませていた。



1562 紅青鋳魂の鍛律

湿った峡路を踏むたび、靴底に青い砂が薄く沈んだ。

崖肌には熔け残った紅銅の筋があり、指先へ鈍い熱を返していた。

空気は乾ききれず、袖口の裏で細かな水気が脈のように揺れていた。

 

 

谷へ降りる風は硬く、胸骨の裏をゆっくり擦った。

私は肩の布を締め、冷えた息を喉の奥へ押し戻した。

遠い裂け目から流れる気配が、鉄を打つ律動だけを曖昧に残していた。

 

 

水辺の石棚に、椀ほどの鋳型が伏せられていた。

内側には煤と藍灰が残り、乾いた気配だけが窪みに沈んでいた。

底へ触れると、爪先へ細かな震えが滲み、遅れて温度が浮かび上がった。

 

 

霧は低く流れ、膝の高さで折れ曲がっていた。

歩幅を狭めるたび、脛に細かな湿気が貼りついて離れなかった。

白い霞の奥では、水滴の弾ける余韻だけが静かに揺れていた。

 

 

斜面の窪地には、割れた鐘の欠片が埋まっていた。

縁へ触れると、眠り損ねた熱が掌にかすかな重みを渡した。

砕けた断面には紅と青の層が薄く走り、沈んだ火影のように曇っていた。

 

 

細い水脈のそばで、土が赤青まだらに滲んでいた。

誰かの残響のような整った削り痕が、泥の底で静かに乾いていた。

私は指を沈め、湿り気の奥に残る砂鉄のざらつきを確かめた。

 

 

空は硝子を磨いたあとの曇り色をしていた。

光は鋳型の穴へ沈み込み、底で冷えた液体のように揺れていた。

頬へ当たる風には薄い塩気があり、舌先まで重く曇らせた。

 

 

私は崩れた炉壁へ背を預け、肩甲の痛みをやり過ごした。

石に残る温度差が、遠い鼓動の余韻のように皮膚へ触れた。

炉跡の裂け目には灰白の砂が溜まり、淡い熱を抱えたまま沈黙していた。

 

 

峡路の先には、青銅色の葦が密に伏していた。

葉先が擦れるたび、薄い金気が耳の裏へ滲み込んできた。

その音になりきらぬ揺れは、空洞の器を撫でる気配に似ていた。

 

 

水溜まりには赤い雲が沈み、歩くたび形を崩した。

その揺れに合わせ、足裏でも脆い影が静かに砕けていった。

濁った水面は冷えているのに、奥底だけが微かに明るんでいた。

 

 

乾いた棚地には、小さな鋳槌の痕だけが円く残っていた。

触れれば崩れるほど浅い窪みなのに、指節へ奇妙な圧を返した。

私はその輪郭をなぞり、石へ染みた長い時間の硬さを受け取った。

 

 

夜気が降りる頃、岩陰から鉄を冷ます匂いが流れてきた。

私は濡れた掌を衣へ擦り、遅れてくる寒気を待った。

谷の奥では、灯の消えた炉床のような暗がりが静かに沈んでいた。

 

 

崖下の水は群青に濁り、底で鈍く光っていた。

膝まで浸かると、冷えの奥に微かな熱粒が沈んでいるのを感じた。

流れは遅く、それでも骨の内側を少しずつ削るように重かった。

 

 

岸辺には細い輪が幾重にも転がっていた。

磨耗した縁は月光を拒み、代わりに深い影だけを抱えていた。

その暗さへ手を差し入れると、乾いた冷気が指の間を満たした。

 




薄明の平地では、泥の表面に青銅色の膜が静かに張っていた。
私は片膝を沈めたまま、夜のあいだ冷えていた掌を土へ埋めた。
深部に残る微熱だけが、遠い炉火の余韻のように脈打っていた。


谷を抜ける風は柔らかく変わり、衣の裾から静かな湿気を奪っていった。
砕けた鐘片の影は朝露に薄れ、代わりに淡い紅色が石肌へ滲み始めていた。
私は振り返らず、乾きかけた路面の硬さを足裏で確かめ続けた。


空には曇硝子めいた光が広がり、水辺の鋳型をぼんやり照らしていた。
触れ残された器の窪みには、なお冷えきらぬ温度だけが沈んでいた。
その静かな熱を背へ受けながら、私は次の峡路へ向かって歩き出した。
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