冷えた岩の内側には微かな熱が残り、遠い潮騒に似た震えだけが指先へ伝わった。
白く曇る吐息が頬を掠め、肩へ積もる霜をゆっくり重たくした。
道端の浅い水溜まりには硝子色の空が揺れ、その底で細い麺影のような光が解けていた。
誰かの滞在した余熱だけが窪地に沈み、湿った布の匂いを薄く残していた。
私はその温度差を胸へ抱えたまま、白銀の霧が流れる坂へ足を踏み入れた。
岬めいた雪丘を越えるたび、足裏で砕ける霜が薄い鐘のように沈んだ。
海に似た白銀の湿気が膝まで絡み、濡れた布の重さだけが時を測っていた。
潮の匂いを含む風が峡路へ流れ込み、唇の端に細い塩の膜を残した。
私は指先を袖へ沈め、冷えた関節の軋みを静かに抱え直した。
崩れた石囲いの奥で、白い麺束のような霧がゆっくり揺れていた。
近づくほど空気は柔らかく伸び、喉の裏へ淡い温度が貼り付いた。
砂混じりの雪を踏むたび、踵に鈍い圧が返ってきた。
遠い残響だけが浜の形を保ち、誰かの滞在した湿度を薄く漂わせていた。
細長い木影が地面へ沈み、そこへ乳白の湯気が幾筋も絡んでいた。
私は掌を差し入れ、糸のような熱が皮膚を撫でる感触を確かめた。
湾に似た窪地では、水音ではなく柔らかな震えだけが続いていた。
その震えは腹の奥へ染み込み、空いた身体を静かに引き延ばした。
白布の切れ端に似た雲が低く垂れ、肩先へ湿った冷気を落としていた。
首筋へ沈む寒さは細い刃のようで、歩幅まで慎ましく変えていった。
石段の隙間から立つ湯煙は、折れた麺線の群れに見えた。
指で触れると輪郭は崩れ、濡れた熱だけが爪裏へ残った。
薄い潮騒が耳殻を擦り、内側へ灰色の明かりを満たしていった。
私は呼気の白さを抱えたまま、凍った路面へ慎重に体重を預けた。
窪んだ炉跡には琥珀色の湿りがあり、そこだけ雪が遅く溶けていた。
気配の余熱が脛へ滲み、遠ざかった時間の厚みを伝えてきた。
斜面を渡る風は細い麺帯のように絡み、脚へ幾度も巻き付いた。
歩き続けるほど衣の内側が温まり、逆に指先だけが白く痺れていった。
氷膜を張った水辺では、空の色が硝子片のように割れていた。
私は膝を折って覗き込み、冷えた吐息で頬の感覚を薄く失った。
白煙の漂う窪地には乾いた魚鱗の匂いが沈んでいた。
その匂いは舌へ微かな甘みを残し、空腹とは異なる空洞を揺らした。
雪明かりに濡れた石壁から、長い麺影のような筋が垂れていた。
触れると冷水が掌を滑り、皮膚の熱だけを静かに奪っていった。
峡路の奥では霧そのものが練られ、白い帯となって渦を巻いていた。
私は胸へ圧し寄せる湿気を受け止めながら、狭い道をゆっくり抜けた。
凍土の下から滲む水は、足裏へ鈍い柔らかさを返してきた。
沈み込む感触のたび、身体だけが別の深さへ降りていく気がした。
淡青の空は低く垂れ、麺霧の揺れを静かな波に変えていた。
肩へ積もる雪粒は軽いのに、旅嚢より重い沈黙を残した。
崩れた木戸の向こうで、細い湯気が幾層にも折り重なっていた。
そこには声ではない温度差だけがあり、去った気配の輪郭を保っていた。
私は白い霧束を掬うように掌を差し出し、その湿りを顔へ寄せた。
塩と麦に似た匂いが鼻奥へ広がり、冷えた胸郭を静かにほどいた。
やがて海に似た灰光が遠ざかり、麺霧だけが背後で長く揺れていた。
凍えた指を袖へ沈めながら歩くと、白銀の潮騒が靴裏で細く鳴った。
歩き去った峡路の奥から、なお白い湯煙が静かに揺れていた。
振り返るたび、塩を帯びた風が袖口へ入り込み、冷えた皮膚を柔らかく擦っていった。
雪明かりの残る浜では、麺線のような霧が波形を崩しながら漂っていた。
その淡い湿度は喉奥へ長く留まり、消えた気配だけを身体の内側へ沈めていた。
やがて潮騒に似た残響も遠のき、足裏には凍土の硬さだけが残った。
私は白く痺れる指を重ね合わせ、硝子色の冬空の下を黙って歩き続けた。