泡沫紀行   作:みどりのかけら

1595 / 1617
泡沫の層が重なり合う境を、徒歩で渡り始める。
足裏に触れる地面は確かさを持たず、沈むたびに微細な反響を返す。
その反響は音ではなく、骨の内側に残る圧として広がる。


遠景は硝子の霧に覆われ、輪郭という概念だけが辛うじて漂う。
風は冷たさではなく密度として頬を撫で、視界を静かに歪める。
その歪みの中に身を置き、進行という行為だけを頼りにする。


地平の奥には黒い湯気が滞留し、空間そのものを攪拌している。
その揺らぎは麺状の記憶を孕み、まだ形を持たないまま蠢いている。
それを見届けるのではなく、身体で受け取るために歩く。



1595 漆黒湯気の覚醒麺譚

泡沫の境を徒歩で渡り続ける旅人である。

影を宿す硝子の魂が軋む地平へ、足裏は静かに沈む。

 

 

湿った風は黒い粒子を含み、喉の奥へ微かな圧を残す。

視界は薄い膜のように揺れ、遠景は未定形へと崩れていく。

その圧は呼吸の隙間に入り込み、肺の内側を静かに押し広げる。

 

 

硝子の丘陵には湯気の痕跡が層となり、歩みごとに熱を返す。

その熱に触れながら、記憶のない匂いを辿り続ける。

熱は皮膚の奥で遅れて響き、歩行の速度をわずかに変える。

 

 

漆黒の流れは地表の裂け目から滲み、重さだけを増幅させる。

足首に絡む湿度は、過去の影を巻き戻すように冷えている。

 

 

遠くで硝子が鳴るような気配が断続し、空間の輪郭を歪める。

その歪みの中心を避けずに進む。

呼吸は濃度を増した空気に溶け、思考の形を失いかける。

 

 

黒い湯気の層が地表を覆い、視界は数歩先で途切れる。

指先に触れる空気は油膜のように重く、微かな熱を含む。

それでも歩行は止まらず、足音だけが内部に沈殿する。

 

 

硝子の壁面には無数の影が宿り、形を持たぬ記憶を映す。

その記憶の断片を踏み越えながら、深層へ降りていく。

 

 

地層の裂け目から湧く漆黒の液体は、麺のような錯覚を帯びる。

それは存在の圧として流れ続ける。

その圧に膝をかすめながら、均衡を保つ。

流れの密度は舌ではなく皮膚で理解されるほどに濃い。

 

 

風は低く唸り、硝子の魂が微細な振動を返す。

その振動は皮膚を通じ、内側の静寂を揺らしていく。

 

 

足元の地面は次第に柔らかくなり、湯気へと変質していく。

沈み込みながらも、歩幅を一定に保とうとする。

沈黙は重力を持ち、背中に層として積もっていく。

 

 

硝子の谷間に漂う黒光は、目ではなく皮膚で知覚される。

それを浴びることで理解する。

 

 

遠方の湯気は麺の記憶を編み直すように揺れる。

揺らぎは時間を曖昧にする。

その中へ身を預ける。

時間は足裏の圧へと変換され、進行の意味を失う。

 

 

硝子に触れ冷たい熱が逆流する。

それは静かな痛覚として広がる。

 

 

黒い湯の縁に痕跡が並ぶ。

並走するだけで測る。

それでしか重さは分からない。

痕跡は消えずに温度差として残り続ける。

 

 

硝子の魂は近づくほどに透明度を失い、黒へと沈む。

その変質は体温の変化として現れる。

 

 

漆黒の流れが麺状に絡み空間を攪拌する。

縁を歩き息を整える。

息はすでに他者の重さを帯びる。

攪拌の中心には音のない振動だけが残る。

 

 

硝子の奥で温度差が輪郭を描く。

それは終点ではなく予兆である。

 

 

漆黒湯気の中心で覚醒を受け取る。

歩行は地平へ溶ける。

魂は震え進行は続く。

境界は皮膚の内側へと反転し、なお歩き続ける。

 




漆黒の湯気はやがて層を失い、静かな沈殿へと変わっていく。
足元に残る圧は薄れず、むしろ内部へと移動し続ける。
その移動を止めることなく、ただ歩行を継続する。


硝子の魂は遠ざかるほどに透明度を取り戻し、無音の振動へ還る。
その振動は記憶の輪郭をほどき、過去と現在の区別を曖昧にする。
曖昧さの中で呼吸を続け、境界の消失を受け入れる。


残された黒い熱は麺のような余韻として地表に絡みつく。
それは終わりではなく、次の層への入口として静かに口を開ける。
そこへ踏み出し、再び泡沫の境へと溶けていく。
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