足裏に触れる地面は確かさを持たず、沈むたびに微細な反響を返す。
その反響は音ではなく、骨の内側に残る圧として広がる。
遠景は硝子の霧に覆われ、輪郭という概念だけが辛うじて漂う。
風は冷たさではなく密度として頬を撫で、視界を静かに歪める。
その歪みの中に身を置き、進行という行為だけを頼りにする。
地平の奥には黒い湯気が滞留し、空間そのものを攪拌している。
その揺らぎは麺状の記憶を孕み、まだ形を持たないまま蠢いている。
それを見届けるのではなく、身体で受け取るために歩く。
泡沫の境を徒歩で渡り続ける旅人である。
影を宿す硝子の魂が軋む地平へ、足裏は静かに沈む。
湿った風は黒い粒子を含み、喉の奥へ微かな圧を残す。
視界は薄い膜のように揺れ、遠景は未定形へと崩れていく。
その圧は呼吸の隙間に入り込み、肺の内側を静かに押し広げる。
硝子の丘陵には湯気の痕跡が層となり、歩みごとに熱を返す。
その熱に触れながら、記憶のない匂いを辿り続ける。
熱は皮膚の奥で遅れて響き、歩行の速度をわずかに変える。
漆黒の流れは地表の裂け目から滲み、重さだけを増幅させる。
足首に絡む湿度は、過去の影を巻き戻すように冷えている。
遠くで硝子が鳴るような気配が断続し、空間の輪郭を歪める。
その歪みの中心を避けずに進む。
呼吸は濃度を増した空気に溶け、思考の形を失いかける。
黒い湯気の層が地表を覆い、視界は数歩先で途切れる。
指先に触れる空気は油膜のように重く、微かな熱を含む。
それでも歩行は止まらず、足音だけが内部に沈殿する。
硝子の壁面には無数の影が宿り、形を持たぬ記憶を映す。
その記憶の断片を踏み越えながら、深層へ降りていく。
地層の裂け目から湧く漆黒の液体は、麺のような錯覚を帯びる。
それは存在の圧として流れ続ける。
その圧に膝をかすめながら、均衡を保つ。
流れの密度は舌ではなく皮膚で理解されるほどに濃い。
風は低く唸り、硝子の魂が微細な振動を返す。
その振動は皮膚を通じ、内側の静寂を揺らしていく。
足元の地面は次第に柔らかくなり、湯気へと変質していく。
沈み込みながらも、歩幅を一定に保とうとする。
沈黙は重力を持ち、背中に層として積もっていく。
硝子の谷間に漂う黒光は、目ではなく皮膚で知覚される。
それを浴びることで理解する。
遠方の湯気は麺の記憶を編み直すように揺れる。
揺らぎは時間を曖昧にする。
その中へ身を預ける。
時間は足裏の圧へと変換され、進行の意味を失う。
硝子に触れ冷たい熱が逆流する。
それは静かな痛覚として広がる。
黒い湯の縁に痕跡が並ぶ。
並走するだけで測る。
それでしか重さは分からない。
痕跡は消えずに温度差として残り続ける。
硝子の魂は近づくほどに透明度を失い、黒へと沈む。
その変質は体温の変化として現れる。
漆黒の流れが麺状に絡み空間を攪拌する。
縁を歩き息を整える。
息はすでに他者の重さを帯びる。
攪拌の中心には音のない振動だけが残る。
硝子の奥で温度差が輪郭を描く。
それは終点ではなく予兆である。
漆黒湯気の中心で覚醒を受け取る。
歩行は地平へ溶ける。
魂は震え進行は続く。
境界は皮膚の内側へと反転し、なお歩き続ける。
漆黒の湯気はやがて層を失い、静かな沈殿へと変わっていく。
足元に残る圧は薄れず、むしろ内部へと移動し続ける。
その移動を止めることなく、ただ歩行を継続する。
硝子の魂は遠ざかるほどに透明度を取り戻し、無音の振動へ還る。
その振動は記憶の輪郭をほどき、過去と現在の区別を曖昧にする。
曖昧さの中で呼吸を続け、境界の消失を受け入れる。
残された黒い熱は麺のような余韻として地表に絡みつく。
それは終わりではなく、次の層への入口として静かに口を開ける。
そこへ踏み出し、再び泡沫の境へと溶けていく。