泡沫紀行   作:みどりのかけら

1643 / 1648
泡のように重なり合う世界では、山は大地から生まれるのではなく、忘れられた夢の高さから静かに降りてくる。
その輪郭を追うためだけに歩き、地図には残らない稜線を足裏で覚え続けていた。


旅の記録は景色ではなく、肌へ触れた湿度や肩へ積もる光の重さによって綴られていく。
名前を持たない風が頁をめくるたび、継ぎ接がれた夢の断片は新しい順序へ並び替えられていった。


やがて金色の霞を戴くひとつの霊峰が、空そのものを静かに支えている姿を見つける。
その峰へ至る一歩目は、道を進むためではなく、自分の輪郭を薄くほどくための始まりだった。



1643 金霞を戴く天穹の霊峰

薄い金霞を額に載せた霊峰が、泡の空を静かに押し上げていた。

湿りを含む坂へ足を置き、靴裏へ沈む柔らかな重さを受け取った。

 

 

谷から満ちる風は冷たさより密度を運び、袖口を静かに引いた。

その抵抗だけで、遠い断片が近づく気配を知った。

 

 

落葉は土へ溶け切らず、夢の欠片のように層を重ねていた。

踏み込むたび薄い震えが脛へ伝わり、記憶ではない温度が残った。

 

 

岩肌へ指先を添えると、乾きと湿りが細く継ぎ接がれていた。

境目だけが柔らかく、時間の縫い目へ触れたようだった。

 

 

霞は頂へ集まり、空そのものが冠を編んでいるように揺れた。

光は眩しさではなく重みとなり、肩へ静かに積もっていく。

 

 

細い流れは音を失い、透明な圧だけを足首へ絡ませた。

冷たさは皮膚を越え、骨の奥へ薄く沈んでいった。

 

 

苔は柔らかな布ではなく、古い夢を包む皮膜に思えた。

掌を預けると、細かな湿度が脈の代わりに返ってきた。

 

 

風向きが変わるたび、誰かではない余韻が尾根を渡っていく。

姿はなくても、草の伏し方だけが長く残っていた。

 

 

空は高く開きながら、近くへ折れ曲がる不思議な広がりを持っていた。

胸へ満ちる空気は軽く、それでも歩幅だけを慎重に整えた。

 

 

白い石は霞を映さず、内側から淡い金色を滲ませていた。

足裏へ返る硬さは、眠った夢の骨格のように確かだった。

 

 

斜面を渡る影は遅く、光だけが先に私の腕を撫でていく。

温度差が細い境界となり、身体の輪郭を静かに描き直した。

 

 

枯葉の下には柔らかな土が潜み、沈むたび踵を抱き寄せた。

支えられる感覚より、受け入れられる深さだけが残った。

 

 

霊峰の稜線は切れず、幾度も継ぎ接がれて空へ続いていた。

欠けたはずの形ほど、霞の中で鮮やかに保たれていた。

 

 

指先へ降りた露は冷たく、小さな鏡のように揺れた。

映るのは顔ではなく、歩いてきた重さだけだった。

 

 

遠い斜面には消えかけた痕跡が幾筋も重なっていた。

踏み跡ではなく、通り過ぎた温度だけが土へ縫い付けられていた。

 

 

金色は夕暮れにも朝にも属さず、泡の空を静かに漂った。

その曖昧な明るさが瞼の裏へ沈み、歩みを穏やかに導いた。

 

 

尾根へ届く風圧は薄い壁となり、胸を押してはほどいていく。

息を返すたび、身体の内側まで霞が満ちる気がした。

 

 

夢は眠りではなく、触れた石や土へ細く宿っていた。

拾おうとするほど形はほどけ、掌には湿度だけが残された。

 

 

頂へ近づくほど空は静まり、光は深い布のように肩を包んだ。

何も持たず歩き続け、それだけで断片は静かに継ぎ合わされた。

 

 

振り返ると道は霞へ溶け、足跡さえ泡へ返り始めていた。

霊峰の金霞だけが高く留まり、私の旅は次の夢へ滲みながら続いた。

 




霊峰を離れても、肩へ積もった金霞の重さだけは風に奪われなかった。
歩幅が変わるたび、その淡い温度は身体の奥で静かに揺れ続けていた。


振り返った空には峰の姿はもうなく、霞だけが夢の継ぎ目を隠すように漂っていた。
足跡もやがて湿った土へ溶け、通り過ぎた余韻だけが薄い層となって残される。


再び名もない道へ足を向ける。
次に辿り着く世界もまた、誰かが見失った夢の断片であり、その続きを書くための静かな旅は絶えることなく続いていく。
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