足裏へ滲む柔らかな熱を辿りながら、継ぎ接がれた夢の断片が漂う地平を歩いていた。
空は淡い膜を幾重にも重ね、その隙間から黒い水音だけがまだ姿を持たずに滲んでいた。
遠くで眠る雷の気配は、風より重く、それでいて胸の内側へ静かに沈んでいく。
この世界では滝は水を落とすだけではない。
誰にも拾われなかった夢を縫い合わせ、ほどけた記憶を泡のように抱えながら流れ続けるものだと、湿った空気だけが私へ告げていた。
薄い夏の膜を踏み分けるたび、足裏へ泡立つ地面が遅れて脈を返した。
旅の始まりは地図よりも湿度に近く、その濃淡だけを頼りに歩いた。
谷の奥から黒い光沢がほどけ、滝であるはずのものが空を支えていた。
飛び散る雫は落ちるより先に影となり、額へ静かな重みを残した。
その飛瀑は黒曜の肌を幾重にも重ね、雷鳴を内側へ折り畳んでいた。
轟きは耳へ届かず、胸骨の裏だけを細く震わせ続けた。
近づくほど風圧は柔らかくなり、押される感覚だけが深く沈んだ。
指先へ触れた飛沫は冷たさより密度をまとい、皮膚の境目を曖昧にした。
岸辺には乾ききらない足跡めいた窪みが続いていた。
そこには誰かを示す形ではなく、去った温度だけが薄く宿っていた。
岩肌へ掌を置くと、長い眠りを継ぎ接いだ夢の継ぎ目が脈打った。
その拍は私の鼓動よりわずかに遅れ、歩幅まで静かに書き換えた。
空には雲でなく淡い裂片が浮かび、互いを縫うように流れていた。
見上げる首筋へ湿気がまとわりつき、重力が柔らかな布へ変わった。
滝壺は底を隠さず、それでも深さだけを拒んでいた。
足首まで浸ると冷気は沈まず、骨の内側へ透明な重石を置いた。
雷は鳴らず、ただ黒曜の流れの中で丸く磨耗していた。
ときおり微かな閃きが水面を撫で、まぶたの裏へ遅い白を残した。
風が向きを変えるたび、言葉に似た気配が衣の端を持ち上げた。
振り返っても残響だけが薄く伸び、空気の継ぎ目へ溶けていく。
濡れた土は柔らかく、それでいて踵を容易には受け入れなかった。
踏み込むたび足裏へ返る抵抗が、旅の長さを静かに測っていた。
崩れた岩には細い光が縫い込まれ、夢の断片のように瞬いていた。
触れると硬さより温度差が指腹へ移り、輪郭だけがゆっくりほどけた。
飛瀑の黒は闇ではなく、数え切れない朝を吸い込んだ色だった。
その近くでは息が浅くなり、肺の内側まで湿り気が満ちていく。
谷を渡る霧は泡沫の世界そのものを折り重ね、遠景を淡く継いでいた。
境界を越えるたび、肩へ触れる空気の重さだけで場所を知った。
細かな雫は髪を伝い、首筋へ静かな線を描き続けた。
冷えは痛みにならず、歩く意思だけをゆるやかに磨き上げていく。
岩陰には乾いた残香が潜み、誰かの余韻より古い時間を滲ませた。
その気配は形を持たず、滝の呼吸へ溶け込む波紋となった。
やがて飛瀑の奥で閉じ込められていた雷鳴が、ひとしずくずつ静まっていった。
世界は音を失うのでなく、圧だけを柔らかな層へ沈めていった。
歩みを進めると背中の湿布のような冷気が少しずつ離れた。
それでも肩甲骨のあたりには黒曜の重みが薄く残り、旅路を支えていた。
振り返る先で滝はなお落ち続け、夢の断片を絶えず継ぎ合わせていた。
その縫い目を胸の奥へ静かに抱え、夏の泡立つ道をさらに歩いた。
黒曜の飛瀑を離れても、肩へ触れた冷気は歩幅の奥で静かに揺れ続けた。
鎮められた雷鳴は世界から消えたのではなく、私の内側へ小さな重さとして宿ったようだった。
旅は景色を集めるものではなく、触れた圧や湿度を身体へ積み重ねる営みなのだと、足裏のぬくもりがゆっくり形を結んでいく。
継ぎ接がれた夢の断片は、もう谷だけに残されてはいなかった。
やがて夏は次の風景へ薄くほどけ、泡沫の地平は新たな気配を滲ませ始める。
胸奥に残る黒曜の静けさを携え、まだ名を持たない道へ向かって歩き続けた。