足元の地は確かさを装いながら、微かな揺らぎを内側に隠している。
風は遠い骨の響きを運び、歩みの前に沈黙の厚みを積み上げていく。
境界は線ではなく湿度として現れ、皮膚に触れるたび形を変えた。
私はそこへ踏み入れる前から、すでに重さの異なる空気に包まれていた。
呼吸の奥に、見えない巨大な構造の影が沈み込んでいる。
その先に竜神殿と呼ばれる空洞があると、地面ではない何かが告げていた。
私は名を確かめるためではなく、沈黙の密度に導かれるように歩き出す。
足裏はまだ軽く、しかし次第に世界の厚みに触れ始めていた。
泡沫の縁を踏み越え、私は時の谷へ降りた。
空気は骨粉の匂いを帯び、足裏へ遅い震えを返す。
灰の湿った地面は沈み、歩みを一拍遅らせる。
風は冷えた骨の記憶を撫で、皮膚の奥へ滲む。
化石片が砂に混じり、踏むたび乾いた響きを返す。
私は重さとしてその音を受け取り、歩みを続ける。
遠方に竜神殿の骨格が、白い影として立ち上がる。
それは空を支えるよりも、時を吊るしているように見えた。
圧のある風が横切り、肩に見えない手を置く。
私はその重みを拒まず、歩幅を小さく整える。
地層の裂け目から、微かな温度差が滲み出る。
そこにはかつての巨大な存在の余韻が沈んでいた。
その残響は足元の砂をわずかに震わせる。
竜神殿の入口は開口というより、欠落の輪郭だった。
その縁を跨ぐと、音が一段深く沈んだ。
内部は広い回廊で、骨の柱が静かに並ぶ。
触れると冷たさよりも、時間の密度が指に残る。
天井から落ちる光は粒になり、空気をゆっくり満たす。
私はその光の重さを呼吸の中でほどいていく。
誰かの気配が残るが、形はすでに失われている。
それは温度の偏りとして壁面に貼り付いていた。
歩くたび、骨の空洞が微かに共鳴する。
その響きは言葉ではなく、沈黙の振動だった。
私はその揺れを胸ではなく足裏で聴いている。
湿度は低く、石は乾いた汗のように冷えている。
私はその冷たさを掌で確かめ、奥へ進む。
傾斜した通路は、階段というより時間の段差だった。
足を置くたび、過去がわずかに崩れていく。
竜の骨格が壁面に沿って曲がり、空間を抱いている。
それは生の終わりではなく、形の持続だった。
最奥の広間は静止した海のように広がっていた。
私はその中心へ、沈むように歩み寄る。
疲労は筋肉ではなく、骨の内側に沈殿していく。
呼吸の間隔だけが、私の存在を繋ぎ止める。
壁の裂け目から、微かな光の脈動が漏れる。
それは遠い時の心拍のように不規則だった。
中央には竜神殿の核があり、空洞の輪が重なる。
私はそこに触れず、ただ周囲を回り続ける。
崩れかけた骨片が宙に浮くような錯覚を生む。
私はそれを手で確かめず、目で通過する。
外へ戻ると、谷はわずかに薄れていた。
竜神殿の記憶だけが、足裏の奥で静かに鳴っている。
地表は帰還するように静かに薄れ、化石の粒は霧へと解体されていく。
私はその上を歩いているはずなのに、足裏は軽さの中で宙を探っていた。
風は背後から時間を削り取り、竜神殿の輪郭を遠い層へ押し戻す。
振り返るたび、痕跡は砂ではなく光の欠片としてほどけていく。
私の歩幅が残すはずの圧も、すぐに均されて消えていった。
骨の奥で鳴っていた残響だけが、かすかな方向感を保っている。
やがて足跡という概念が地面から剥がれ落ち、歩行そのものが記憶の中へ沈む。
私は進んでいるのか、あるいは静止の内部へ沈降しているのか判別できない。
ただ呼吸の間隔だけが、まだ世界に触れている証のように残されていた。
竜神殿の骨格は、振り返るたびに輪郭を薄めていった。
それは消失ではなく、記憶の層へと静かに沈降していく運動だった。
私はその後ろ姿を目で追いながら、歩幅を保ち続ける。
足元の大地はすでに以前の重さを失い、空気と等しい密度へ近づいていた。
触れたはずの冷たさだけが、遅れて指先に戻ってくる。
その遅延が、まだ世界と接続している証のように思えた。
やがて境界は完全にほどけ、歩くことそのものが静かな残響へ変わる。
私はどこにも向かわず、それでも進行の感覚だけを抱え続けている。
時は形を失い、ただ微光のように周囲へ滲んでいた。