泡沫紀行   作:みどりのかけら

1754 / 1804
春の薄層がまだ定まらぬ輪郭で揺れている。
私はその揺らぎの手前に立ち、歩き出す前の圧を身体に受ける。
境界はまだ名を持たず、ただ湿度として周囲に滲んでいた。


足元の砂は過去の気配をほのかに含み、沈黙の重さを持つ。
私はその重さに触れながら、進行の方向だけを確かめる。
遠くの湊はまだ影のようで、存在の確度を持たない。


風は始まりを告げることなく、ただ肌の上を通り過ぎる。
私はその通過に身を委ね、境界の入口へと意識を向ける。
すべては未分化のまま、微光の前段に沈んでいた。



1754 湊風が綴る交易詩篇

薄光の朝、私は泡沫の道に立つ。

湿りを含む風が皮膚をゆっくり撫でる。

遠い境界は霞の層として揺れていた。

 

 

風は淡い塩気を含み肌を過ぎる。

私は砂の混じる路面に足を沈める。

空には名のない光層が重なっていた。

 

 

湊の痕跡が風圧として背に触れる。

湿った板材の記憶が足裏に残る。

遠景は揺らぎ、境界が溶けはじめる。

 

 

春の泡が地面に薄い影を落とす。

私は無言の気配を追い歩みを進める。

潮の匂いが時間の層を曖昧にする。

 

 

交易の残光は音なく石に染みる。

誰もいない通路に温度の差がある。

私はその差異を指先で確かめる。

 

 

薄い霧が呼吸のように街を満たす。

足元の砂は過去の重さを含んでいる。

遠くで風が記憶のように折れ曲がる。

 

 

境界の縁に、淡い圧力が滞留する。

私はその圧を受けながら進行する。

石の隙間から時間の粒が零れ落ちる。

 

 

湊の外れで、空は水面のように揺れる。

歩くたびに地面は柔らかく沈黙する。

私は沈黙の重さを背中で受け取る。

 

 

交易の残響は、風の縁に絡まる。

見えない誰かの温度が道に残る。

私はその温度差に視線を沈める。

 

 

春の湿度が衣の隙間に入り込む。

境界は常に微かに呼吸を続けている。

私はその呼吸に歩調を合わせる。

 

 

湊の記憶は波の形で足元にある。

砂と石の間に過去の光が滲む。

私はその光を拾い上げるように歩く。

 

 

霧の層が指先の感覚を奪っていく。

境界の向こうは常に少しだけ遠い。

私は遠さそのものを身体で測る。

 

 

潮風が背後から記憶を押し寄せる。

足裏には名付けられぬ熱が残る。

私はその熱に沿って方向を変える。

 

 

薄明の中で石壁が柔らかく息づく。

交易の影は既に形を失っていた。

私は影の抜け殻をそっと踏み越える。

 

 

風の層が幾重にも折り重なっている。

身体はその層の間で軽く浮遊する。

私は重力の曖昧さを信じて歩く。

 

 

境界の裂け目から淡い光が漏れる。

その光は冷たくも温かくもない。

私はその中間に足を置き続ける。

 

 

湊の奥で風が細い旋律を描いている。

私はその旋律を皮膚で受け取る。

歩みは次第に水面のように緩む。

 

 

記憶の砂が靴裏に積もり始める。

境界はすでに背後へと滲み出す。

私は振り返らずにその変化を抱く。

 

 

春の湊は薄い層として呼吸している。

交易の痕跡は風にほどけて消える。

私はその消失を静かに見届ける。

 

 

薄明の果てで風は静かに層を閉じる。

私は境界の余白に最後の歩幅を置く。

泡沫の湊は微光となり背後で滲む。

 

 

泡沫の縁に残された余白が、微かに脈打っている。

私はその脈動に足裏を合わせ、最後の湿りへと沈む。

境界の消失は静かに進み、風の形だけが遅れて残る。

 

 

歩みの痕跡は既に層の内側へ溶け込んでいる。

私はそれを確かめることなく、薄光の中に身を委ねる。

湊の気配は遠ざかり、ただ微光の重さだけが続いていた。

 




微光はすでに層の奥へと退き、輪郭を持たぬ沈黙だけが残る。
私はその沈黙の中に足を置き、歩みの意味を手放していく。
境界は閉じるのではなく、静かに拡散していた。


砂に刻まれた痕跡は風にほどけ、温度差だけが微かに残る。
私はその差異を抱えたまま、視線の置き場を失う。
湊の記憶はもはや場所ではなく、呼吸のような揺らぎになっていた。


最後の風が皮膚を離れるとき、世界は均質な薄明へ還る。
私はその薄明の中で、歩くという行為の輪郭だけを感じる。
すべては始まりへも終わりへも属さず、ただ泡のように滞留していた。
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