泡沫紀行   作:みどりのかけら

1804 / 1804
麦風のまだ眠る縁に立ち、私は輪郭の曖昧な山脈を見上げている。
空は薄く擦れた白で、どこにも始まりの濃度が見当たらない。
足元の土は乾ききらず、微かな湿りを抱えたまま沈黙している。

遠方には麺状の白い流れが、空と地の境を曖昧に引いている。
それは動いているのか留まっているのか判別できず、視線だけが引き寄せられる。
私はその揺らぎを避けず、ただ身体の重心を前へ預ける。

山の入口には、器の欠片のような岩が散らばっている。
触れれば崩れそうな静けさが、表面に薄く積もっている。
私はその沈黙を踏み越え、歩行の始まりを足裏で確かめる。



1804 麦風が唸る山の食卓道

麦風が山肌を撫で、私は輪郭の薄い道を歩き続ける。

空は灰を溶かした色で、境界のない層が重なっている。

遠くに麺のような白い流れが地表を横切っていた。

 

足裏に湿った石の感触が沈み、歩みは重さを帯びる。

風は断続的に唸り、山の内側から呼吸のように吹き出す。

私はその風圧に押されながらも前へと傾いていく。

 

谷底には白濁した川があり、麺線のように絡み合っている。

その流れは音を持たず、ただ温度だけを周囲へ滲ませる。

指先に触れた冷気が、記憶のない味覚を呼び起こす。

 

山道の途中に、器の形をした岩が連なっていた。

そこには誰の痕跡もなく、ただ余熱のような気配が残る。

私はそれらを跨ぎながら、呼吸の深さを調整する。

 

麦のような風が斜面を駆け、草の音を細かく砕いていく。

肌に当たる粒子は乾いていて、軽い痛みを伴う。

視界の端で白い帯が揺れ、道の方向を曖昧にする。

 

私は麺状の地層が露出した崖を横目に進んでいく。

そこからは熱のない蒸気が立ち上り、空へ溶けていく。

足取りは一定だが、内側の時間だけが遅れている。

 

山腹の窪みには、薄い汁のような水溜まりが点在する。

触れることはせず、ただ湿度の差として感じ取る。

その周囲だけ空気の密度が微かに変質していた。

 

風が一瞬止まり、世界の縫い目が露わになる。

その隙間から、麺のような白線が垂直に落ちている。

私はその落下を目で追わず、足元の重心だけを見る。

 

岩肌に触れると、乾いた温度が指に残像を刻む。

そこには過去の歩行者の気配が、薄い層として沈む。

私はそれを読み取らず、ただ通過の圧を残す。

 

谷風は麺の束のように絡まりながら上昇していく。

その動きに身体が引かれ、歩幅がわずかに乱れる。

だが私は乱れを修正せず、流れの中に身を置く。

 

山道は次第に白い粉を帯び、靴底が吸い込まれる。

その感触は柔らかく、同時に抵抗のない重さを持つ。

呼吸の奥で微かな塩気が立ち上がる。

 

視界の奥に、器のような凹地が広がっていた。

そこでは風が渦を巻き、麺状の影を形成している。

私はその中心へ向かう圧力を足裏で受け止める。

 

地面は次第に滑らかになり、液状の質感を帯びる。

歩くたびに微細な波紋が広がり、消えていく。

私はその波紋の消失を見届けずに進行する。

 

風の断面に、誰かの残響のような温度差が混じる。

それは言葉を持たず、ただ方向性だけを示す。

私はその指示を解釈せず、身体の反応に任せる。

 

山の裂け目から、白い流線が幾重にも垂れている。

それは麺の束にも似て、触れれば崩れそうだった。

私は距離を保ち、その崩壊の予兆を受け取る。

 

足元の地面は次第に熱を失い、冷えた器へ変わる。

その内部で風が循環し、見えない音を生成する。

私はその無音の振動に身を委ねていく。

 

遠景に麺状の滝が垂直に落下し続けていた。

その白は光を反射せず、ただ質量だけを示す。

私はそれを観測せず、歩行の継続だけを選ぶ。

 

山道の終端に、白い器の縁のような稜線が現れる。

そこでは風が急に静まり、重さだけが増幅されていた。

私はその静寂を足裏で確かめながら歩を進める。

 




白い稜線を越えた先で、風は急にその密度を失っていた。
身体に触れていた圧はほどけ、残像だけが皮膚に残る。
私は振り返らず、その消失の層を背中で受け止めている。

麺状の滝は遠くでまだ落下を続けているが、音は届かない。
視界の端で揺れる白は、もはや方向を示さないただの光だ。
足元の感触だけが、確かに歩いてきた距離を保持している。

山の外縁に立つと、世界の厚みがわずかに薄くなる。
そこには誰の気配も残らず、温度だけが静かに漂っている。
私はその温度差の中で、歩行の終わりを身体に沈めていく。
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