空と地とがひとつになる、静けさの海。
羊たちが眠り、時が歩みを止めるその場所で、私は永遠の輪郭に触れた。
草を分け、風を裂きながら、白い道を歩いた。
陽は高く、けれど熱はない。
空は静謐に青く、ふと目を上げれば、雲が低く、厚く、悠々と流れていく。
雲の白さと、眼下の緑の海との対比が目を射た。
けれどまぶしさではなく、何かを懐かしく思い出すような、どこか胸の奥をくすぐるような光だった。
草原は終わりを持たないように広がっていた。
それはまるで、地平線の向こうにまで連なる記憶の帳のようであり、風の通り道そのもののようでもあった。
背丈の低い草が陽を含んで銀色に揺れ、ところどころに点在する白いものが、ゆったりと草を食んでいる。
羊たちだった。
動かず、騒がず、ただそこにある。
まるで大地の一部であるかのように。
彼らは歩かない。
歩いているのだろうが、地を移動している気配がない。
ただ風に浮かぶように、草の波の中で漂っている。
その姿はまるで、空から落ちてきた雲の破片が、偶然この地にとどまり、草の香りに魅せられて、帰るのを忘れてしまったかのようだった。
旅の足取りは自然と遅くなる。
この草原には時間が落ちてこない。
あらゆる影が薄く、音もまた遠い。
耳を澄ませば、微かな噛みしめの音がする。
それは葉がちぎれる乾いた響きで、規則的で、あくまで静かだった。
命の営みはいつも、叫ばずにただ続いているものなのだと、草を食む羊たちの姿は語っていた。
道なき道を登ると、風はさらに強くなった。
風の中に、何かがあるような気がした。
目に見えないけれど、そこに“意思”のようなものがひそんでいる気配。
どこまでも人を導こうとするような、けれどそれがどこへ向かっているのかは教えてくれない。
問いかけても応えない、ただしなやかに吹きつづける風。
丘の上には、ひとつの影が立っていた。
それは人のかたちをしていた。だが人ではなかった。
石のような、木のような、あるいは風の彫った幻影のような。
その存在は空と地を結び、見る者に、ここに立てと告げているようだった。
誰に向けて、何を指し示しているのか、その手は空の彼方を指していた。
けれどその指先の先に、見えるものはなかった。
あるいは見ることを拒まれたものか、もしくは、それを見るためには、もっと長く歩かねばならないのかもしれない。
足元には、土と草と風。
その三つがすべてを包んでいた。
音も色も香りも、すべてがそこに溶け合っていた。
空の青さは飽和し、羊たちの白さは永遠を含んでいた。
人の形をしたその影と、羊たちの穏やかな寝息。
そして、どこまでも広がる緑。
それらが静かに調和し、ただ“ある”というだけの力強さを帯びていた。
どこかで、一本の風が草を払う音がした。
それはまるで、誰かがそっとページをめくるような音だった。
記録されるでもなく、忘れ去られるでもなく。
この草原では、すべてが等しく「続いている」。
羊の眠りも、風の囁きも、草のざわめきも、誰かの記憶さえも。
道を戻ろうとしたとき、草むらの影で、小さな白い子羊がこちらを見ていた。
その瞳は黒曜石のようで、何も語らず、ただ此方の存在を映していた。
一歩踏み出すと、彼はすっと向きを変え、風の流れに乗るように歩き出した。
その背に、雲のかけらのような陽の光が跳ねていた。
私はしばらく、その足取りを目で追った。
どこへ行くのか、どこから来たのか、それは知るべくもなかった。
だが、その歩みに重ねるように、自分の旅もまた、この風景の中でたしかに存在しているのだと思えた。
そして、それだけで十分だった。
草原は、ただ風を抱き、羊たちを眠らせ、空と地とをつなぎつづけている。
そのすべてが、かつて誰かが夢見た風景のようでもあり、これから誰かが目指す風景のようでもある。
私がいたという証を残す必要はなかった。
ただ、見たということ。
それだけを胸に刻んで、私は再び歩き出した。
遠くへ行ったわけではない。
ただ、風と歩幅を合わせて歩いただけだった。
それなのに、心のどこかが静かに震えていた。
あの白が、まだ胸の奥で揺れている。