泡沫紀行   作:みどりのかけら

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雪が降る町を歩くとき、私はいつも思い出の中にいる。
それは自分の記憶であって、誰かの記憶でもあるような、不思議な感覚だ。
音を吸い込んでしまう白い世界では、言葉よりも沈黙のほうが真実に近い。

私はその沈黙を拾い集めるように、歩き続けた。
そして出会った、白に包まれた灯の町。
それは、まるで時間が眠る場所だった。


0088 雪灯の町

踏みしめるたび、雪が音をたててほどけてゆく。

そのたび、足元の白はわずかに沈み、また形を変えて凍る。

冷たいというよりも、静けさが肌に触れる感覚だった。

まるで時間そのものが、ここではひとつの結晶になっているかのようだった。

 

空は白く、灰にも似たうすい銀で覆われていた。

曇天ではなく、光を含んだ雲が、頭上で音もなく広がっていた。

それはまるで、どこまでもやさしい沈黙の天蓋のようで、歩く者の心の奥までをも包みこんでいた。

 

道の端には、雪に押し黙った古い柵が並んでいた。

その向こうには、雪に眠る並木が立ち並び、幹のすべてが白の衣を纏っていた。

枝の先まで凍りついたような沈黙のなか、ただ風だけが、姿を持たぬ影のように通り過ぎていく。

 

町は、白に包まれていた。

屋根も、道も、石垣も、影さえも。

ただ、あちこちに灯るやわらかな光だけが、その静寂にわずかな温度を与えていた。

 

それは灯りでありながら、灯火ではなかった。

光の源は見えず、ただ雪の面に淡く映り込んでいた。

道ばたの柵のひとつ、足跡の消えた小径の先、空へとのびる煙のない煙突の根元。

白の中に浮かぶそれは、まるでこの町そのものが放っているかのようだった。

 

ひとつの門が、雪のなかに沈むように佇んでいた。

重く厚い扉は半ば埋もれ、扉の上には削られたような模様が浮かんでいた。

けれどそれも、積もる雪の輪郭に呑まれ、いまや白い皺のようにしか見えなかった。

 

門の向こうへと足を進める。

その先には、凍てつく長い石の道があり、左右には均等に積もった雪の段が連なっていた。

まるでその場所自体が、時の流れを測る秤のようだった。

 

風が止まると、すべてが凍る。

音が消えると、記憶すらもそのまま雪のなかに閉じ込められる。

この町に吹く風は、遠い日々の声を運んでくる。

けれど声はすぐに消え、ただ、雪の面に残るのは、誰かの歩いた形跡だけだった。

 

やがて、小さな広場に出た。

そこには、円を描くように並んだ古い柱がいくつか、まるで囲むように立っていた。

柱の上には何もない。

けれど、雪が風に舞うたび、その円の中心には見えない何かが確かにあった。

 

それはたとえば、永遠の記憶のかたち。

それはたとえば、灯らぬ光のあたたかさ。

白のなかに浮かぶ、名前のないやすらぎだった。

 

その広場の端には、今にも崩れそうな階段があった。

雪が段差を埋め、石と雪とが見分けのつかぬほどに重なり合っていた。

ひとつ、またひとつと、足をかけるごとに、わずかに違う音が響く。

それは石の声なのか、雪のささやきなのか、あるいは時の澱なのか、わからなかった。

 

上りきった先に、白い屋根があった。

ただの屋根だった。

だがその形は、何かをずっと待ち続けているようにも見えた。

 

雪が、空から降り続けていた。

同じかたちをしたものは、ひとつとしてなかった。

それでも地上に降りると、みな同じ白に溶けていった。

 

ここにいると、人の存在もまた、雪のひとひらのように感じられた。

触れれば消えてしまいそうで、けれど確かにこの世界の一部であった。

それはとても心地よい孤独であり、深いところでつながるぬくもりだった。

 

足元には、いくつかの足跡が残っていた。

それはもう固まり、薄い氷の膜をまとっていた。

どれも少しずつ方向が違い、まるでそれぞれの旅が、ここに一度重なった証のようだった。

 

どこまでも静かで、どこまでも深い場所だった。

白の奥にあるものが、決して語られることなく、ただそこに存在していた。

灯りはひとつもなく、それでも白はやさしく、景色を包んでいた。

 

ふと見上げると、空に浮かぶ光が、雪を透かして瞬いていた。

それは、忘れられた季節の記憶か、それともこれから来る何かの予感か。

ただ確かなことは、

この町が、永遠に白を抱いて生きているということだった。




人の記憶はやがて雪のように降り積もり、輪郭を失っていく。
けれど、確かにそこにあったものは、かたちを変えて、静かに残り続ける。

この町で見た白は、そんな記憶の重なりのようだった。
触れられず、名づけられず、それでも確かに心に灯るもの。
旅はまた次の地へと続いてゆくが、この白だけは、永遠に、私の中に降り続けるだろう。
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