夕暮れの河川敷を歩く。
風が水面を撫でる音。土手に並ぶ桜並木の葉擦れ。
いつもなら穏やかな時間が流れる場所が、今の俺には棘を含む毒のように感じる。
それは、この風景では似つかわしくない鉄と革の匂いが常に身体から漂っている気がするからか。
それとも……。
「また、あの夢か」
夜毎に見る。あの遺跡での惨劇。0号の哄笑。仲間たちが崩れていく様。
そして鏡に映る自分の目。そこに潜む紅い光の幻影。
この力は本当に正しいのか?
足元に転がる小石を蹴り飛ばす。乾いた音を立てて草むらに消える。
戦う理由は確かにあった。実加ちゃんを守ると誓った。
でも。
「俺は……化け物と変わらないんじゃないか」
言葉にした瞬間、胃の奥が重くなる。
そんな時だった。
ゾクッ──
背筋を走る悪寒。
冷たい水の中に突然手を入れたような感触。
方向は……河。
土手の向こう、夕日に照らされた川面が不自然に波立っている。
「まさか……」
全身の毛が逆立つ。視覚を超えた感覚が警告を発している。
あれは生物の気配じゃない。もっと古く、もっと不浄な……
ドボンッ!
水飛沫と共に何かが水面に落下する音。大きさからして人間以上。
反射的に駆け出す。足は勝手に装甲を纏う感触を思い出しながら動いている。
土手を駆け上がり視界が開けると──
そこに居たのは。
白い肌。粘液質の皮膚が月明かりを反射してヌメヌメと光る。
しかも白い。これまでの個体とは明らかに異なる。
奴の視線──目が無いのに確実に感じられる──が俺ではなく……
「あっ!?」
背後に人影。女子高生だ。帰り道だろう。制服のスカートが風に揺れている。
彼女は呆然と立ち尽くしていた。恐怖と混乱が表情に浮かんでいる。
白グロンギの吸盤状器官が膨張する。
嫌な予感が走る。
「危ない!!」
叫ぶより早く俺は走り出していた。
「変身!」
白グロンギの口吻から黒い液体が射出される。
「クソッ!」
咄嗟に彼女達の前に滑り込む。防御体勢を取る暇もない。
ベチャッ!
黒い墨のような液体が正面に直撃する。想定以上の粘度と熱。鎧の隙間から侵入しようとする嫌悪感。
次の瞬間。
「ガハッ!?」
爆発。墨が接触部位で急激に燃焼する。
「熱……!」
視界がフラッシュアウトする。頭部の装甲が熔融しかける。
爆風で吹き飛ばされるも、なんとか着地。
少女は?
振り返れば地面に蹲っている。ショックで失神寸前か。
その顔に浮かぶのは紛れもない恐怖。化け物に対する畏怖の表情。
「……」
視線が痛い。守るべき存在から向けられる恐怖の眼差し。
でも今は……
「逃げろ!」
それと共に、俺は眼前のグロンギを見た。
「ニィ……?」
その呟きと共に、俺を嘲笑った。俺を人間としては認識していない様だった。
奴は再び口吻を膨らませる。二発目を用意している。
「行くぞ!」
雄叫びと共に踏み込んだ。黒い装甲が夕陽を浴びて妖しく輝く。地面を蹴る足裏が火花を散らす。
白いグロンギが巨体に似合わぬ俊敏さで後退。口吻から黒い液体が迸る。
「またかよ!」
避けられない。肩口に直撃。
「ぐっ!」
爆発。衝撃で装甲の一部が剥がれ落ちる。火傷のような灼熱感。
構うものか。前進する。もう一撃。奴の懐に入らなければ。
「うおおっ!」
拳を固めて殴りかかる。腹部へ強烈な一撃!
「ニッ!」
命中した。確かな感触。だが──
「……?」
違和感。まるで柔らかい肉塊を殴ったような弾力。ダメージが伝わっていない?
グロンギが嗤う。口吻を大きく開く。
「しまっ──」
回避不能。至近距離から直撃。顔面に熱と衝撃。
「があぁっ!」
視界が赤く染まる。ヘルメットの半面が熔けた?
「畜生!」
拳の連打。蹴り。全て軟体組織に吸収される。効果なし。
呼吸が荒くなる。熱で体が重い。視界の端が霞んでいる。
グロンギが再び距離を取る。このまま消耗戦に持ち込むつもりか?
ふと異変に気づいた。白い腹部から白煙が上がっている。蒸気だ。
「体温上昇……?」
奴の動きが鈍くなっている? 理由は不明だがチャンスかも。
「今だ!」
タックルを仕掛ける。奴のバランスが崩れる──が!
ドボンッ!
巨大な質量が水面に沈む音。振り返ると河面が激しく波立っていた。
「逃げた?」
何故? 優位だったはずなのに。
混乱する暇もない。土手の方から足音。
「おい誰か倒れてるぞ!」
「救急車!」
まずい。人々が集まってきた。あの少女を助けに来たんだろう。
(今の俺を見られたら……)
逡巡する時間はない。踵を返し全力で土手を駆け降りる。
「……すまない」
被害者は後から駆け付け付けた面々に任せる事にした。
装甲を解除しながら路地裏へ消える。背後でサイレンの音が響き始めた。