水中から突如現れたグロンギが鉤爪を振りかざす。緑の装甲が弾ける感触と共に視界が戻る。血の糸が空中に弧を描く。
(くっ……読み間違えた)
このままじゃ持たない。本能が叫ぶ。
俺は瞬時に元の姿へと変わる。
それと共に、襲い掛かるグロンギが爪を引っ掻く。しかし、今の俺には攻撃の軌道が見えていた。
(視力は戻ったが……)
反動で全身が悲鳴を上げる。筋肉が断裂し、関節が軋む。血の臭いが鼻腔を満たす。
それでも拳を握る。変身解除の代償など構うものか。目の前の化け物を止めなくては。
グロンギの鉤爪が左肩を抉る。
「ぐぅっ!」
白い服が一瞬で鮮紅に染まる。熱い液体が滴り落ちる。だがここで倒れるわけにはいかない。背後に荒川が広がっている。これ以上進めばまた水遁だ。
グロンギが嗤う。
「アッソ!リントがァ!」
その顔面へ向かって右ストレートを叩き込む。頬骨が砕ける感触。だが奴は怯まず反撃してきた。
「くそっ……!」
肋骨に鈍痛。肺が圧迫され呼吸が乱れる。
足元の泥濘が滑る。バランスを崩しかけたところでグロンギの爪先が喉元を掠める。皮膚が裂け血飛沫が舞う。体温が急速に下がっていく気がした。
(五代さんならどうする?桜子さんなら……?)
思考が霞む。身体が思うように動かない。
ついにグロンギの牙が首筋へ。鋭い歯列が肉に食い込んだ瞬間――
(絶対に……倒す……)
体内のダグバ因子が暴れ出す。抑え込んでいた破壊衝動が堰を切って溢れる。
殺意。その感情だけが明瞭だ。
「アガァァ!?」
グロンギが短い悲鳴を上げて飛び退く。俺の目――ダグバの緋色の瞳が輝いていることだろう。
「何を……怖がっている……」
掠れた声しか出ない。けれど確かに殺気だけは伝わったらしい。
奴は河岸に後ずさる。泥だらけの巨体が震えている。
「ア……アッソ……?」
不明瞭な呻き。恐怖。かつて狩る側だったはずの者が怯えるとは滑稽だ。
だが、俺はもう立っているのも限界だった。視界が眩む。血を流しすぎた。
グロンギは逃げる素振りを見せた。俺が倒れる寸前であると悟ったのか。
「待て……!」
叫びが空洞へ吸い込まれる。最後の力を振り絞って手を伸ばすも届かない。
ズブリと膝が崩れる。泥濘の中へ沈む。
(逃がした……)
悔しさが全身を浸す。だが同時に安堵も生まれる。これ以上戦えば本当に死んでいただろう。
意識が闇に溶けていく中で聞こえたのは、遠ざかるグロンギの足音と荒川の流れる音だけだった。
それと共に、誰かが俺を見つめた気配だけがした。