消毒液の匂いと規則正しい電子音で目が覚めた。白い天井が視界に入る。ベッドの横には点滴スタンド。左腕が鈍く痛む。
「……ここは」
声がかすれる。身体を起こそうとすると肋骨が軋んだ。そうだ。荒川でグロンギと戦って……そして。
「起きましたか」
白衣の男性がカーテンを開けた。
「椿さん」
そこには、担当医である椿秀夫の顔があった。
「お前、結構、眠っていたんだぞ」
彼が脈を確認しながら淡々と告げる。
「左鎖骨骨折。第4〜6肋軟骨損傷。両肩靱帯損傷。擦過傷多数」
その指がカルテを示す。
「物理的損傷もだな」
目を伏せた。
「脳波の乱れが著しい。重度の精神疲弊でしょう」
布団の下で手を握りしめた。緑のダグバの戦闘形態を解いた反動か。心臓の奥で脈打つベルトの存在が厭わしい。
「あのグロンギは」
問いかけた瞬間、隣のベッドから咳払いが聞こえた。
「なぁ兄さん」
低い声。同室の男がこちらを見ていた。
黒髪を無造作に束ねた精悍な顔つき。だが首には龍のタトゥーが刻まれている。
「あんた、どうやって"未確認"になったんだ?」
血の気が引いた。蝶野潤一。椿さんに以前資料で見せてもらった例だ。自宅でグロンギを模倣した装束を纏っていたところを逮捕された"偽グロンギ"。
「……どういう意味ですか?」
喉が乾く。
「俺はよ」
蝶野が腕を組む。
病衣から覗く腹部に青白い血管が浮き出ている。
「人間ってクソだと思ってる。くだらねえ連中に支配されて生きてるなら全部消した方がマシだ。だからよ」
唇を吊り上げた。
「未確認生命体みてぇになって全員ぶっ潰す」
ぞくりとした寒気が背筋を走る。これは妄言ではない。本気で願望を口にしている。
「違う」
やっと絞り出した声。怒りよりも恐怖が勝る。
「あいつらを甘く見るな」
指先が震える。もし彼が本当にグロンギの力に触れたら。
「蝶野さん」
椿さんが俺と彼の間に割って入った。
「巫山戯るなっ」
その一言と共に、彼は止まる。
「・・・お前、ちょっと来い」
「なっなんだよ」
椿さんは、そのまま彼を連れて、そのままどこかへと連れて行こうとした。
それを見た俺は、なんとか立ち上がる。
「・・・」
本来ならば、立ち上がってはいけない事は理解している。
先程までのカルテ通りならば、俺の身体はもうボロボロのはずだ。
けれど、左腕も、両肩も痛くない。
痛みがないのは麻酔とかは関係なく、本当に怪我がないようだ。
だからこそ、その意味が分かりながらも、俺は歩く。
「きっと、この先にある物。それは俺も見ないといけない物だ」
見たくない物だと理解しながらも、俺は、その脚を進める。