俺は、椿さんと蝶野さんの元へと歩く。
そこでは、丁度、椿さんが蝶野さんに何かを見せようとしていた。冷蔵庫のドアが開く音がした。蛍光灯が弱々しく光る薄暗い部屋。アルコールと薬品の匂いが鼻をつく。そして何より強い死臭。
「こいつだ」
椿さんが示したのは白い布に包まれた遺体。布が少し剥がれて顔の一部が見えていた。
「見てみろ」
恐怖で震える手を抑えながら布を少しだけ捲る。瞬間、息が止まった。
血が固まり紫色に変色した皮膚。顔には無数の裂傷。歯形が肉を抉り取っていた痕跡。首には絞められた跡があり、目玉が半分飛び出ている。
「これは……」
蝶野さんが固唾を飲む音が聞こえた。
「全部だよ」
椿さんが厳しい口調で言う。
「全身百箇所以上。爪痕や噛み千切られた部位のほとんどが再生不能レベル」
遺体の手をゆっくりと見せる。指は数本欠けていた。
「遺族は……見たくないと拒否した」
声が詰まる。この人は医者だ。日常的に死を見ている。だからこそ淡々と語れる。
「これがお前がなりたい"未確認"の仕業だ」
彼の膝がガクッと崩れた。口元を抑えて蹲る。
「嘘だろ……こんなの……」
涙が床に落ちる。鼻水も垂れ流して嗚咽していた。
「お前みたいなガキが憧れるもんじゃない」
椿さんが鋭く言い放つ。
「人間だってクソかもしれねえ。だがな」
視線が俺に向く。
「こいつはクソじゃない。ちゃんと守ってる」
遺体を見るたび胸が潰れそうになる。これは俺が救えなかった命だ。
「お前みたいに逃げてる奴と違ってな」
蝶野さんが俯いて何も言わない。
「自分が生きることに苦しくなって他人を殺して逃げようとするなら最低だ」
俺は遺体に向かって黙祷を捧げた。
「俺も同じですよ」
呟くと椿さんが眉を寄せた。
「俺だって本当は怖い。毎日戦う意味を見失いそうになる」
ベルトの存在を感じる。右腕をさする。
「でも誰かがやらなきゃみんな死ぬ」
蝶野さんが顔を上げた。目が合った。
「・・・俺は例え、身体があいつらと同じだとしても、俺は人間として生きる。せめて、心だけでも」
「全く、その回復力は十分に人間離れしているがな」
「見てくれる人がいるから」
そうしていると、俺の元に連絡が来る。
それは。
「・・・俺、行きます。今度こそ倒す為に。これ以上」
そう、俺は犠牲になった人を見る。
「この人のような思いをさせない為にもっ」
そう言って俺は椿さんに向かって微笑む。
「行ってきます」
その一言だけ残して、俺は向かう。
未だに決着がついていないあの未確認を。
「殺す為に」