錆びたシャッターを押し上げると、埃っぽい空気が鼻腔を刺した。
「……来たな」
自分でも笑ってしまうほど乾いた声が漏れる。
暗い倉庫内部に数百の赤い眼が浮かんでいる。無数のグロンギ兵団。彼らが一斉に俺を見ている——いや、「見られている」という感覚が快感に変わっていく。
「おお、壮観だなぁ……」
思わず呟いた言葉に自分で驚く。なんで笑ってるんだ? 過去の自分なら絶対に萎縮していた。恐怖で足が竦んでいたはずだ。
「フゥ……」
深く息を吸い込むと肺胞が痙攣する。甘い血の匂い。鉄錆混じりの芳香が脳髄を蕩かせる。
「全員でかかってこいよ」
自然と挑発の言葉が出る。理性が溶けている。
「ダグバ……」
先頭のグロンギが震える声で呟いた瞬間、全ての敵意が氷点下まで凍えた。
「待て……」
口から零れた言葉が自分のものと思えない。
「誰が……誰が0号だって?」
視界が赤く染まっていく。眼球の奥で火花が散る。あの忌まわしい存在名を聞いた途端、脳の奥底で何かが裂けた。
「違う……違う……違うんだよッ!!」
叫び声が鉄骨に反響する。喉が焼ける痛みも今は快感だ。
「俺は宮崎だ!ダグバでもない!!」
ベルトが灼熱を帯びる。腰骨が軋むほどの圧力で装甲が生成されていく。
装甲が完成するや否や、体中の細胞が沸騰した。
「お前らが……呼ぶんじゃない……」
最初のグロンギが棍棒を振りかざしてきた。だが遅い。
拳を繰り出すと骨格ごと砕ける感触が手に伝わる。
「ぐああっ!」
首から下が消失したグロンギが壁に叩きつけられ血の花を咲かせる。続いて襲いかかる二人組—左側の胸板を爪先で貫通させそのまま右の頸椎へ捻り潰す。
「ギヤアア!」
金属音にも似た断末魔が倉庫内に木霊する。指先に付着した鱗状皮膚が生温かい。
「まだまだだ」
跳躍し頭上から降下する際、眼下の三匹に踵落としを見舞う。頭蓋骨が西瓜のように砕け散る瞬間を見届けながらも動きは止まらない。
「ダグバって言ったな?」
回転蹴りで左翼の四人を纏めて薙ぎ払う。肋骨がバキバキ折れる音が心地よい伴奏になる。飛沫する血飛沫を浴びながら更に加速する。
「違うんだよ……」
前方から十数人が密集して突進してくる。構わず突貫し右肩で一斉に吹き飛ばす。重量感のある肉体同士が衝突し互いを串刺しにしていく様は芸術作品のようだ。
「俺は……」
足元に転がる肉塊の山を見て初めて現実に戻る。
「……っ!?」
膝をついて血の海に浸かる革靴。鉄錆臭い空気を吸い込むたびに喉が焼ける。
さっきまでの自分が嘘みたいに遠い。体がまだ勝手に震えている。
「違う……違うんだ……」
言い訳しようとする口が引き攣る。口内には生温かい粘液の感触が残っている。無意識に飲み込んでいたグロンギの血が食道を灼く。
ふと顔を上げると壁一面に血飛沫が散っていた。そこへ映る自分の姿。
「!?」
黒い装甲は血糊で輝き、拳からは赤い汁が滴っている。だが何より異様なのは……その口元が歪んだ弧を描いていることだ。
「はぁっ……!?」
慌てて掌で頬を覆う。指先に触れる唇の端が痙攣している。笑っている?
鏡なんてどこにもないのに確かに見た―あの0号と同じ残忍な笑みを。
「嘘だ……」
声が裏返る。脳裏に甦るのは虐殺の断片。
棍棒で頭蓋を砕いた感触。足首を捻じ切った時の絶叫。鎖骨を引き千切った鈍い音……
(楽しんでいた)
それが恐怖だ。殺戮行為そのものを愉しんでいた己の脳が怖い。敵を蹂躙することに興奮していた肉体が悍ましい。