商店街の喧噪が妙に遠い。アスファルトの照り返しが網膜を焼く。手袋はもう取ってしまったのに、掌にはまだあのぬるりとした感触が残っている。
「……畜生」
呟きが乾いた痰のように喉に貼りつく。昨晩の血溜まりを思い出すだけで胃が痙攣する。ベルトから湧き上がる殺意の波動は鎮まったはずなのに、まだどこかで蠢いている。街行く人々の笑い声が耳障りだ。誰も知らない。僕の中の0号がどれほど成長しているかなんて。
「……?」
視界の端で小さな影が揺れた。古びた洋服店の軒先でひとり佇む少年。
俯いたまま服の裾を握りしめている。
「迷子かな」
声に出すつもりはなかった。けれど喉から洩れた呟きが案外大きくて驚く。
少年がこちらを見た。目が合う。大きな瞳に宿るのは不安と孤独。それはまるで……。
そう。今の俺と同じ。
「ちょっと……」
引き返そうとした足が止まる。身体が勝手に動く。まるで誰かに操られるように。
「ねえ君」
自分でも信じられないほど優しい声が出た。少年が小さく肩を振るわせる。
「困ってるの?」
答えはない。ただ黙って唇を噛む仕草。
「場所がないと思って」
少年の声は風に消えそうなほど弱々しい。それでも確かに届いた。その一言が胸に突き刺さる。
「……場所?」
尋ねると少年は俯いたまま小さく頷く。
「霧島拓……です」
名乗る声には申し訳なさが滲む。
「どこに行けばいいのか分からなくて」
街ゆく人々の笑い声が遠く響く。賑わう浅草橋の中心で、この子だけが置き去りにされたように孤立している。
「家は?」
質問を重ねると拓は首を横に振った。制服の襟元を握りしめた指先が白い。
「帰りたくないわけじゃないけど」
そこで言葉が詰まる。俺は何も言えなかった。言えない理由が分かる気がした。
「ここなら……探せるかもって」
何を?と聞き返せなかった。代わりに自分のポケットに手を突っ込む。財布の金具が爪に当たって鈍く痛む。
「お兄さん」
唐突に呼ばれて顔を上げる。拓の視線は真っ直ぐこちらを捉えていた。
「お兄さんも迷ってる?」
胸が詰まった。昨日の血溜まりがフラッシュバックする。グロンギを殺した感触が掌に甦る。
「どうしてそう思う?」
絞り出した声がかすれている。
「同じ目をしてるから」
拓は静かに続ける。
「行き場のない人の目」
その言葉で全てが繋がった。
それは、俺も似たような感じがしたから。
「・・・良かったら話を聞くよ」
「えっ?」
「・・・君が言っただろう、行き場のない人だって」
「・・・分かりました」
それと共に、俺達は、そのまま歩き始める。