拓が語り始めた
「未来」というテーマの作文は、率直だった。
小学校の授業で出る内容としては当たり前のテーマであり、特に問題なかった。
だからこそ、その話題を出た事で、少年は悩み始めていた。
「将来の事は、正直に分からなかった。それで急に怖くなって、塾も行かずにここに来たんだ。懐かしいこの場所に来てしまったんだ」
俺は、彼から詳しい話を聞く為に神社に来ていた。
神社の石段に、並んで座る俺達は周りから見たらどういう関係に映るのかは分からなかった。親子と言うにはあまりにも若すぎるし、兄弟と言うには年齢が離れすぎている。だからと言って、友達とも思えないだろう。お互いに違和感があるのも確かである。
「なんかさ……作文書いたんだけど、"未来"とか言われてもピンとこなくて」
夕暮れの参道で拓が呟く。朱色の鳥居が茜色に染まっている。
「偉くなりたいとか言っても嘘っぽいし」
蝉の声が境内に響く中、彼の声だけが妙に寂しい。
「家族のために生きるとか書いたら偽善みたいだし」
玉砂利を踏む音が静かに鳴る。俺は境内のベンチに腰掛けながら聞いていた。
「結局何も書けなかったんだ」
風鈴の音が涼を運ぶ。橙色の陽光が少年の横顔を照らす。
「みんな当たり前みたいに書けるのに……なんで僕だけ……」
拓の声が小さくなる。夕闇が徐々に濃くなる。樹々の影が長く伸びる。
「拓君」
名前を呼ぶと少年が顔を上げた。汗ばんだ額に前髪が張り付いている。
「将来なんて誰もわからないよ」
宮崎の言葉に拓が眉をひそめる。遠くで子供の笑い声が聞こえる。
「俺も分からない。ずっと昔から」
俺の言葉に拓の表情が曇る。枝葉の揺れる音が風と共に鳴る。
「明日のことさえも……」
拓が首を傾げる。薄暮の境内で二つの影が伸びていく。
「何考えてるのか、自分のことさえ……」
蜩の鳴き声が遠ざかる。黄昏時は過ぎて宵闇が迫る。
「俺は殺し屋だと言われたら否定できない」
少年の目に困惑が浮かぶ。虫の音が止む刹那があった。
「でも生きてる間に救えるものはあると思うんだ」
拓が息を飲む。街灯の光が灯り始めている。
「少なくとも今日みたいな日は……」
夏の夕風が神社の森を抜けていく。蝉時雨の合間に鳴く声が遠ざかる。
「あなたのお陰で話ができました」
「少しはマシになった?」
拓が小さく頷く。烏が啼きながら帰っていく。
「それでも明日は来るんだ」
宮崎の声が低い。松虫の音が聞こえ始めた。
「どうせなら歩いてみようと思ったらいいと思うよ」
拓の目が潤む。金木犀の匂いが漂う夜の入り口。
「もし疲れたら休めばいいし」
星が見え始める。秋の気配を含んだ風が頬を撫でる。
「またここに逃げてきていいから」
拓が袖で目元を拭う。蛙の合唱が始まる池の畔。
「ありがとう」
その呟きと同時に見つめる。
風が変わった。神社の階段を降りながら、自分の内側に変化を感じた。
「けど、お兄さんは一体」
「・・・俺は、噂の怪物かな」
「えっと」
「まぁ、気にしないでくれ」
ベルトが熱を持っている。緑のラインが仄かに脈動しているのに気づく。
「殺人衝動と平和への希求……両方が俺の中にある」
拳を握りしめる。爪が掌に食い込む感触。これが人間であることの証だ。