弦が空中で溶けるように消えた。黒手袋の指が弦を挟む動作だけが宙に浮いたまま。
「素晴らしい楽器だ」
そうしながら、眼前にいる未確認はそう呟く。
「私の時代では、このような楽器はなかった。仲間にも、リントが産んだ音楽という文化に興味を持った奴がいたからな」
「・・・そうなのか?」
それは、これまでの好戦的な奴らとは違う事に驚きを隠せなかった。
だからこそ、俺は、それが僅かな希望があると思えた。
「だったら」
俺は、思わず聞く。
「人殺しを、お前達のゲゲルというのを止めないか?」
すると、グロンギは、俺の言葉に首を傾げる。その後に。
「私は音楽には興味がある…が、リントを殺す事には抵抗はない」
そう言うと、その口は開かれる。
「クックック」
喉を鳴らしながら笑う。不気味な笑い声だ。
「誤解しないでほしい。確かに私個人の趣味は認めよう。だがな、それとゲゲルとは別物だ。私にとって音楽鑑賞は休息のようなもの。一方でゲゲルは獲物狩りだ」
青年は指揮者のように腕を振る。虚空に架空の弦を弾く仕草。
「音楽という文化が美しいと思う感情と、リントが脆弱な家畜であること。これらは共存可能なんだよ」
まるで講義をする教授のような口調だが、内容は冷酷すぎる。
「君たちの言う『趣味』というのは非日常的な楽しみであって」
「ッ……!」
耳鳴りが鼓膜を殴打する。視界が明滅する。
「狩猟行為とは区別されるべき高尚なもの」
喉が焼けるように渇く。唾液すら分泌されない。
「そういう認識だろう?」
目の前で指揮棒代わりの右手が旋回する。指先の微細な動きに注視してしまう。
「我々グロンギにとって」
足元の地面が歪んだように感じた。平衡感覚が狂っていく。
「音楽はまさにそれだ」
足を踏み出したつもりが後ずさりしている。距離感が掴めない。
「文化的で優雅で無害な」
胸が苦しい。肺が収縮する感覚。過呼吸を起こしかけている。
「至福のひとときなのだよ」
青年の口角が釣り上がり凶暴な犬歯が露出した。
「クックック」
喉笛を震わせる嗤い声。
「だというのに!」
突如声量が爆発的に増幅した。脳内で反響する怒号。
「君たちは我々に何を強要する?」
全身の産毛が逆立つ寒気。毛穴から血液が蒸発する幻覚。
「文化的生活をしながら原始本能を抑圧せよと?」
視界に閃光が走る。
そんな言葉を聞いた時。
「そうか、それがお前達の主張か、だったらもう良い」
僅かでも希望を抱いてしまった。
これまでの奴らは現代の文化を知らないからこそ、古の儀式を行い続けた。
0号のような猟奇的な奴もいるかもしれないが、本当は共存も出来る奴がいるかもしれない。
だが、それが目の前にいる奴によって、それがいない事を証明された。
ならば。
「お前を、ここで倒す、超変身」
それと共に、俺はすぐに変身する。
奴もまた、その姿を変身させる。
他の未確認のように、生物。
まるでカマキリを思わせる姿がそこにはあった。
だが、今は、
「シネ」
奴を殺す事しか、考えていない。