左手に握る金属塊が重力に逆らうように震えている。
表面に這う青白い電弧が鱗のように蠢き、その度に大気が焦げる匂いが立ち上る。持ち手の感触は液体金属と化し、指先から微弱な痛みが走る。帯電量が飽和点を超えている証拠だ。
「……」
地面を睨む。砕けたコンクリートの隙間から苔の匂いが立ち上る平凡な路面が、今や磁場の坩堝と化している。
鉄球を水平に保ったまま膝を折る。屈伸の勢いで全体重を預ける直前、
パチッ。
手のひらから逃げ出した電流が空間を引き裂いた。瞬間的に形成された磁界が視界を歪める。
「行け」
宣告とともに投擲。スローイングボールを放つ野球選手のように全身を使って加速させる。
鉄球は空気抵抗など存在しないかのように一直線に疾走する。通過した軌跡に電磁波の花火が咲き乱れ、コンクリートの亀裂から火花が噴出する。
ゴトッ。
着地音がしたときにはもう遅い。接地した衝撃で帯電したエネルギーが爆発的に放出され——
ヴゥン!
低周波の轟音とともに周囲の大気が収斂した。直径三メートルほどのドーム状の真空が発生し、コンクリートの塵さえも内部へ飲み込まれていく。
「!?」
グロンギの驚愕が空洞に吸い込まれる。鎌を構える暇も与えず、
ブワッ!!
収縮が極限を迎えた真空の中心から解放された気体が炸裂した。竜巻のごとく渦巻く風圧がカマキリ型グロンギの四肢を拘束する。
鉄球を中心にして生まれた竜巻は不可視の檻だった。内部で荒れ狂う電磁嵐が相手の動きを完璧に封じている。
「くっ……このッ!」
グロンギが鎌を振りかざすも、雷電をまとった竜巻に触れると火花を散らせて弾かれる。
嵐の中を走る鉄球は生き物のようだった。電磁気を帯びた金属塊が龍のように踊り狂い、嵐の壁に衝突しては反転する。毎回角度を変え、速度を増し、獲物を追いつめる捕食者の動きだ。
「避けろ!」
叫ぶ間もなく鉄球がカマキリの腹部を抉った。火花と肉片が飛び散る。しかし鉄球は減速せず、百八十度向きを変え再び襲いかかる。
「チッ……!」
グロンギが鎌を振るうが遅い。嵐の内部では物理法則が歪み、動きが鈍くなっている。鉄球が再び横腹を穿つ。黒い血液が噴出し、独特の腐敗臭が漂う。
嵐の中で鉄球の軌道を読もうとするが不可能だ。反響定位が追い付かないほどの高速変化。ただ一つ分かるのは——必ず奴に戻ってくるという確信。
「アァァァッ!」
三度目の直撃で鎌を支えていた前肢が粉砕された。金属音に似た断末魔が轟く。今度こそ勝機だ。
俺は嵐の中心へ飛び込んだ。重力異常の中でも体が馴染む。鉄球の軌道を予測し、最高到達点でキャッチする。掌の中で灼熱のエネルギーが脈打つ。
「これで終わりだ」
振りかぶる。嵐が螺旋を描いて集束する。雷光が一点に収束し——
「ウガァァッ!」
最後の抵抗でグロンギが飛びかかってきた。鎌のない腕を振り回し、剥き出しの牙をむく。だがその姿はもはや獣以下の哀れさだ。
鉄球を投げる。正確無比な直線軌道で奴の胸板を貫通する。肉の破裂音と金属の断裂音が重なり合い、黒い血飛沫が嵐に散った。
「オ……オン……」
絶命の言葉すら完成しないまま、グロンギは膝から崩れ落ちた。鉄球が地面に転がり、嵐が急速に萎んでいく。
静寂。
嵐の残滓が灰色の霧となり立ち上る中、俺は立ち尽くしていた。変身が解け、疲労で膝が震える。耳鳴りが収まらない。過剰に活性化した聴覚機能がまだ戻っていない証拠だ。
ふと気配を感じて振り返る。誰もいない。ただ霧の向こうに朽ちた電柱が見えるだけ。
(終わったのか……)
安堵と同時に新たな不安がよぎる。こんな力を使い続けていたら、いずれ自分自身が制御できなくなる。0号のような……
思考を遮るように遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。