「あっはい、私、五代みのりと言います」
一瞬の沈黙。
五代?
まさか。
だが確かめるように口を開く。
「あの……失礼ですが……五代雄介さんとは……関係が?」
みのりの瞳が優しく細まった。
「はい。私は雄介のお兄ちゃんです」
時間が止まったような気がした。
白髪が増えた自分の額に冷たい汗が伝う。
こんな偶然があっていいのか?
「あの……なぜ兄の名前をご存知なんですか?」
みのりの問いに言葉が詰まる。
正体を明かすわけにはいかない。
そもそも話すべきなのかすら……
「その、最近になって知り合いまして」
「そうだったんですか」
穏やかな笑みを浮かべる彼女から、あの人の妹だと納得した。
「それじゃ、やっぱり子供達は好きなんですか?」
「・・・嫌いじゃないです。それに、笑っている子供も」
だからこそ、俺はこの手で壊すかもしれない自分に。
「兄もよく子供達と一緒に遊んでくれます。やっぱり、昔の事がありますから」
「昔?」
その言葉に、俺は思わず聞いてしまう。
みのりは少し俯いて微笑んだ。
「兄の小学生の時のお話があって」
話し始めたみのりの表情が柔らかくなる。
「お父さんが亡くなったばかりの頃のことなんですけど」
胸が締め付けられた。雄介も父親を失った経験があるのか。
「担任の神崎先生が言ってくださった言葉があって……」
「お父さんが亡くなって確かに悲しいだろう。だがそんな時こそ、お母さんや妹の笑顔のために頑張れる男になれ」
その瞬間、みのりの目に涙が光るのが見えた。
「"いつでも誰かの笑顔のために頑張れるって、すごく素敵な事だと思わないか?"」
声が震えていた。
「その言葉を聞いた兄は……変わったんです」
みのりが顔を上げた。
「どんなにつらいことがあっても笑顔を絶やさなくなりました。周りの人を幸せにしたいっていう一心で」
宮崎は拳を握りしめた。
自分は常に孤独に戦ってきた。笑うことなど忘れかけていた。
「"皆の笑顔のために"か」
呟くように言った言葉にみのりが大きく頷いた。
「はい。兄は今でもその言葉を大切にしてます」
優しい風が二人の間を抜けていく。
みのりの頬を撫でながら遠くの子供たちの歓声を運んでくる。
「だから兄は……」
「あの日も笑顔だったんですね」
宮崎が言葉を継いだ。みのりが小さく首を傾げる。
「初めて会った日のことですか?」
「ええ」
脳裏に浮かぶのは砂浜で握手を交わしたときのあの顔。
苦難を乗り越えてもなお輝いていた笑顔。
「素晴らしい兄妹ですね」
素直に出た言葉にみのりが恥ずかしそうに笑った。
「ありがとうございます」
その笑顔を見て宮崎は思った。
自分が守るべきものは単なる秩序ではなく、この純粋な笑顔なのだと。
「私も……」
言いかけて止めた。まだ伝えるには早い気がした。
でも確かな希望が胸に灯るのを感じた。
だからこそ、感じた気配。
「それじゃ、俺は、そろそろ」
「はいっ、また!」
そう、俺はその場から去った。
けれど。
「だからこそ、笑顔を守りたい」
その光景を守る為に、俺は。