刀が唸る。
違う。
刀など存在しない。私が握るのは虚空の延長線上。
呼吸を忘れた肺が虚脱し、意識が純粋な殺戮装置へと置換されていく。
「な……にを……」
未確認の呻きが風に溶ける。
私はもう何も見ていない。聞こえていない。
感覚器全てが不要となったからだ。
指先から爪先まで鋼鉄の精密さで連携した身体運動。
間合いを識別するための網膜代わりに働いているのは神経終末の先端。微弱な電位差の波紋で敵位置を捕捉する。
(来る)
未確認が射出する第二陣の毒素。
目視できない毒性の雲が放射状に拡散する。
私の視界はそれを透過する。
透明な鏡面に投影された座標軸上を矢印が滑走する。
「切る」
言語化する必要すらない。言葉以前の行為指令。
右手の五指が微細な振動を開始。靭帯が収縮し剣閃の弧を計算する。
ゼロコンマ秒以下の世界で幾百もの軌道が重層する。
(三十センチ)
(二十)
(十)
(──)
接近と同時。原子レベルでの分割。
音が消失した。
空気が焼かれ硝煙の匂いが漂うはずなのに無音。
私はすでに振り終えた後だ。
刃ではない。無限分割された断片が粒子となって散在するだけ。
「ゲ……ゲ…?」
未確認の上半身が鈍く斜めに裂けた。血ではなく虹彩を含んだ粒子が霧のように吹き出す。だが即死に至らない。
彼女は驚愕で見開いた瞳のまま後退しようとする。
逃げるな。
脳内に回路が増設される。演算補助のための擬似シナプス。無音の信号が奔る。
「排除」
両手足の腱が複数方向へ同時に運動。
「ま……じゅつ……」
最後の言葉は意味を持たない。
すべて分解する。切断する。破壊する。
「ア゛……」
断末魔の最後の一画を切り裂き終えたとき。
全ては静謐へ還った。
刀はどこにも無い。風が通り過ぎただけ。
しかし敵対存在は完全な非存在に転写されていた。
地面に残るのは紫の液体を噴き上げる肉塊と、溶解途中で固化したアスファルト。
子供たちの笑い声が遠くで木霊する。
その無邪気な音色が現実を直視することを許さない。
「……駄目だ」
喉から絞り出す声は震えていた。
(こんなものを……見せられない)
目の前にはかつて人間の形をしていたものが横たわっている。血溜まりの中に沈む血の肢体。溶解するアスファルトと絡み合う肉塊。異臭が鼻腔を刺す。
公園から風に乗って届く遊具の軋みや歓声が余計に残酷だった。
「ごめん……」
それと共に、俺がその場を去ろうとした。
「あれ、なんだろう?」
「っ」
そうしていると、こちらに気づいた声がする。
俺は、周囲を見ながら、その手にある刀で、そのまま未確認の遺体の周辺の地面を切り裂く。
それによって、地面には穴が空き、そのまま遺体は穴の中に。
そして。
「う~ん?」
こちらを見る子供の視線に、俺は何よりも恐れた。