夜の病院は、やけに静かだ。
静かすぎるのは、きっと俺の胸のうるささのせいだろう。
消毒液の匂いが鼻につく。
その匂いが、まるで“罪悪感の匂い”みたいだ――なんて、思いたくないのに、思ってしまう。
五代さんはベッドに座っていて、いつもの“ちょっと無理をしてる笑顔”で俺を迎えてくれた。
……だから余計に、言いづらい。
けれど、言わなきゃいけない。
「……俺、あの時、本当に……怒ってました」
思っていた以上に、声はふるえていた。
五代さんは何も言わず、ただ続きを待っている。
「42号が、あんなことをしてるのを見て……
気づいたら、殴ってて。殴り続けて……止まらなくて。
倒すためじゃなくて……“壊したい”って、思ってました」
沈黙。
その沈黙が、まるで“お前はもう戻れない”って評価を突きつけてくるみたいで、息が詰まる。
だが五代さんは、小さく首を振った。
「……宮崎くん。
あの場に俺がいたら……多分、同じことをしてたと思う」
「五代さん……」
「だって、許せないよ。
未確認がやってることは……人間を“遊び”みたいに扱ってる。
人が泣いて、苦しんで、それを平気で踏みにじる。
あんなのを見て、怒らないほうがおかしい」
五代さんの声は、弱くも強くもない。
ただ“痛みを知っている人の声”だった。
「……正直に言うとね、俺もあるんだ。
未確認と戦ってると、ふと……“倒さなきゃ”じゃなくて、
“許せない”って気持ちが大きくなる瞬間が」
その言葉が胸に刺さる。
でもそれ以上に、“自分と同じだ”ということが怖い。
そして――違うということも、怖い。
「でも……五代さんは暴走しないじゃないですか。
俺は……この力があって。
使えば使うほど、未確認の……“あっち側”に近づいてる気がして。
あの時も……俺じゃなくて、何か別のものが殴ってたみたいで……」
自分で言いながら、情けないほど声が震えていた。
五代さんは、ふっと息を吐き、穏やかに笑った。
「怒ること自体は、悪いことじゃないよ」
「え……」
「怒りっていうのはさ……守りたいものがある証拠なんだ。
“許せない”って思える心があるってことなんだよ」
五代さんは天井を見上げる。
そこには何もない。
でも、そこに自分の“答え”を投影するように。
「問題は……怒りに“負けないこと”なんだ。
俺もギリギリだよ。
未確認を許せない気持ちが大きくなるたびに……
戦ってると、自分の中の“何か”が近づいてくるような気がする」
「それ……俺と同じじゃないですか」
「うん。同じだよ。
でも――」
五代さんは静かに、しかし確かに言う。
「俺たちは、怒りに支配されないように戦わなきゃいけない。
怒りを燃料にするんじゃなくて、怒りを“越えていく”ために戦うんだ」
胸の奥で固まっていた何かが、少し溶けた気がした。
「……そんなふうに、俺、なれますかね」
「なれるよ。宮崎くんなら」
迷いも疑いもなく言い切った。
それが逆に、重く、温かい。
五代雄介という男は、クウガである前に――
“怒りと恐怖に飲まれそうになりながら、それでも人を守ろうとする人間”なんだと、
その時、俺は初めて理解した。
そして同時に、
“俺もそうありたい”と思った。