仮面ライダーダグバ   作:ボルメテウスさん

61 / 79
下水

排水路の奥から、確かに“気配”がした。

耳ではなく、もっと内側――腹の奥で、何かが反応している。

 

(……来てる)

 

胸の奥が熱い。いや、熱いというより、強くなっていく。

鼓動に合わせて、昨夜よりも明確に、力が脈打っているのが分かる。

ダグバの力が、獲物の位置を示している。

 

「待ってください、一条さん」

 

止める声を背に、俺は排水路へ足を踏み出した。

 

ふたを外した瞬間、鼻腔を突いたのは腐った水と油と鉄の匂い。

生温い湿気が肺に絡みつき、吐き気がこみ上げる。

不快感――だが、それだけじゃない。

この匂いは、昨夜の血の匂いと混じり合い、恐怖を直接刺激してくる。

 

(嫌だ……でも)

 

足を進めるたび、靴底がぬちゃりと音を立てる。

暗闇の中、視界は利かないはずなのに、なぜか“分かる”。

水の揺れ。

遠ざかる脈動。

逃げる未確認の背中。

 

力が、はっきりと教えてくる。

 

(……捕まえられる)

 

その確信が怖かった。

昨日よりも、確実に強くなっている。

怒りだけじゃない。

追うことそのものが、楽になり始めている。

 

下水の壁に手をついた瞬間、ぬめった感触が掌に絡みついた。

反射的に息を詰める。

不快と恐怖が混ざり合い、心臓が早鐘を打つ。

 

それでも、足は止まらなかった。

 

(近づくな……)

 

頭ではそう叫んでいるのに、

身体の奥の“別の何か”が、静かに笑っている気がした。

 

闇の向こうで、水音が逃げていく。

俺はそれを追って、さらに深く、排水路へと踏み込んでいった。

ゆっくりと歩き始める。

急げば追いつける――それは分かっている。だが、あえて速度を落とした。

一歩、また一歩。水を踏む音が、やけに大きく響く。

 

進むたびに、自分の身体が未確認に近づいているのを感じた。

距離ではない。空間でもない。

もっと内側――血と骨の間にある“何か”が、引き寄せられていく感覚だ。

 

(……強く、なってる)

 

昨日よりも、さっきよりも、確実に。

力が増している。研ぎ澄まされている。

それが事実だと理解できること自体が、恐ろしかった。

 

下水の匂いが濃くなる。

腐敗した水、油、鉄錆。肺の奥に沈殿する不快感。

吐き気と同時に、背筋を撫でる寒気。

恐怖と嫌悪が混ざり合い、思考を鈍らせようとする。

 

それでも――足は止まらない。

 

やがて、暗闇の向こうで水面が揺れた。

ぬらりとした影。

ワニを思わせる輪郭が、ゆっくりと浮かび上がる。

 

「……見つけた」

 

俺の呟きに反応するように、未確認がこちらを向いた。

濁った目が、俺を捉える。

逃げない。隠れない。

 

ギチ、と音を立ててガントレットが持ち上がる。

肩を落とし、重心を低くし、明確に――構えた。

 

その瞬間、はっきりと分かった。

こいつも気づいている。

下水の闇の中で、

二つの“異物”が、互いを測るように向かい合っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。