下水の闇が、低く唸った。
水面を割って、未確認が突進してくる。
ワニを思わせる低姿勢。腹を擦り、尾で舵を切り、質量そのものを武器にした攻撃。
下水という場所を、完全に自分の庭として使いこなしていた。
「……っ」
俺は避けようとして、脚を取られた。
油膜に覆われた地面が、踏ん張りを拒絶する。
だが、ここでは違う。
体勢が崩れた一瞬を、未確認は逃さない。
ガントレットが唸り、刃が迫る。
(――いい)
その瞬間、俺は理解した。
ここで上手く戦おうとすること自体が、間違いだ。
守らなければならない。
逃がせば、また誰かが殺される。
肩をぶつけられ、言い返しただけで――命を奪われる。
「……来い」
わざと、脚を滑らせた。
身体が水面に叩きつけられる。
視界が揺れ、冷たい水が口に入る。
未確認が、勝利を確信した咆哮を上げた。
突撃。
圧倒的な質量。
逃げ場はない。
直撃の刹那、関節を外す。
肩、肘、腰、膝。
紫の身体が“崩れる”。
人間の構造を捨て、衝撃をすり抜ける。
だが完全には避けきれない。
ガントレットの刃が胸部を抉り、火花と血が散った。
痛みが走る。
呼吸が乱れる。
それでも、思考は澄んでいた。
視界の端――
足元に転がる排水溝の金属製グレーチング。
歪み、錆び、油にまみれた、街の裏側の象徴。
「……これでいい」
手を伸ばした瞬間、紫の装甲が反応した。
グレーチングが震え、金属が軋む。
格子がほどけ、円を描くように再配置されていく。
錆と油をまとったまま、それは円環状の刃へと変わった。
それは円環状の刃へと変わった。
未確認が一瞬、動きを止める。
理解できないのだろう。
街の残骸が、武器になるという発想が。
「守る……!」
俺は、躊躇なく投げた。
低く、鋭く。
水面すれすれを滑る回転。
未確認の膝関節を正確に断つ。
巨体が崩れ、下水が跳ねる。
咆哮。
怒りと恐怖が混じった声。
俺は止まらない。
チャクラムが戻る。
紫の腕に吸い込まれ、再び放たれる。
尾の付け根。
背骨。
関節、関節、関節。
動かすための部位だけを、的確に奪う。
最後に、喉。
未確認の目が見開かれ、
そのまま光を失った。
下水に静寂が落ちる。
地上へ這い上がったとき、朝の光が刺さった。
変身が解け、紫が剥がれていく。
ガラスに映った自分を見て、息が止まる。
血と泥にまみれ、
関節は腫れ、
目だけが――異様に冴えている。
守った。
確かに、守った。
それなのに。
「……怪物、だろ」
そう呟いた声は、
誰のものでもなく、確かに――俺のものだった。
そうしながらも、俺は徐々に理解してく。
この戦いは速く終わらせなければ、俺は。