仮面ライダーダグバ   作:ボルメテウスさん

69 / 79
一応、色々と確認して、大丈夫かもしれませんが、何か問題があったら、消させて貰いますが、良かったら、どうぞ!

【挿絵表示】



新春-色

喫茶ポレポレの朝は、音から始まる。

コーヒーミルが豆を砕く低い音と、ポットから立つ湯気のかすかな鳴き声。その合間を縫うように、外の通りの気配がガラス越しに滲んでくる。俺はカウンターの端に座り、湯気の立つカップを前にして、まだ口をつけずにいた。

 

飲めばいい。

分かっている。

でも今は、温度を確かめるだけで精一杯だった。

 

「……朝から難しい顔やなあ。コーヒーが逃げるで」

 

背後から、軽い声。

飾玉三郎――この店のマスターは、いつも通りの調子でポットを置いた。声は柔らかく、どこか人を安心させる。それが、逆に胸の奥に引っかかる。

 

「そんな顔してたら、豆も気ぃ遣うわ」

 

「すみません……無意識でした」

 

「無意識でその顔は、だいぶ重症やで」

 

笑いながら言われて、俺はようやくカップを持ち上げた。指先に伝わる熱。ちゃんと熱い。まだ、ここにいる。

 

「最近な、来るたびに顔が違う」

 

三郎さんは俺の前に砂糖壺を置きながら、さらっと言った。

責めるでもなく、問い詰めるでもない。ただ、気づいたことを口にしただけ、という風に。

 

「昨日と今日で、って話ちゃうで。来るたびにや。疲れてる日もあれば、妙に落ち着いてる日もある。で、今日は……」

 

少し間が空く。

 

「どこにおるか分からん顔や」

 

胸の奥が、わずかに鳴った。

図星だ、とは思わない。

でも、否定もできない。

 

「……自分でも、そんな感じはあります」

 

「ほう。自覚はあるんや」

 

三郎さんは、にやりと笑った。

 

「それはええことや。自分の顔に無関心になったら、人間終わりやからな」

 

人間、という言葉が、やけに重く聞こえた。

俺は視線をカップの中に落とす。黒い液面に、自分の顔が歪んで映る。

 

色――という言葉が、頭をよぎる。

白、青、緑、紫。

戦うたびに選ばれてきた色。

選んでいるつもりで、選ばされている感覚。

 

「……最近、自分がどんな状態なのか、よく分からなくなる時があって」

 

俺は、できるだけ曖昧に言葉を選んだ。

この人には、正体を知られてはいけない。

でも、何も言わないままでいるのも、限界だった。

 

「ほう。若いのに、えらい哲学的やな」

 

「そういうのじゃないです。もっと……単純で」

 

単純で、厄介な話。

怒った時、怖い時、迷った時。

考えるより先に、身体が“正しい答え”を出してしまう感覚。

それが便利で、強くて、だからこそ不安になる。

 

「単純なもんほど、絡まったらほどけへんで」

 

三郎さんは、俺のカップに目を落とした。

 

「砂糖、入れへんのか」

 

「……今日は、このままで」

 

「苦いで」

 

「分かってます」

 

その一言で、なぜか少しだけ楽になった。

苦いと分かっていて、飲む。

それは、俺がまだ選べている証拠みたいだった。

 

「人な、変わる時は一気に変わると思いがちやけど、実際はちゃう」

 

三郎さんは、カウンターを拭きながら続ける。

 

「毎日ちょっとずつや。昨日より今日、今日より明日。ほとんど誤差みたいな変化を積み重ねて、気ぃついたら『あれ?』ってなる」

 

俺は黙って聞いていた。

白が楽になる理由。

青が逃げ道を残す理由。

緑が痛すぎる理由。

紫が一番、選びたくない理由。

 

そのどれもが、少しずつ積み重なった結果だ。

 

「せやからな」

 

三郎さんは、ふっと視線を上げる。

 

「『分からん』って言えるうちは、まだ戻れる。分からん言うてる自分を、ちゃんと見とるからや」

 

戻れる。

その言葉が、胸に残った。

 

「……俺、ちゃんと戻れてますか」

 

自分でも驚くほど、素直な声だった。

三郎さんは一瞬だけ考えてから、肩をすくめる。

 

「さあな。ワシは占い師ちゃうし」

 

それから、いつもの調子で笑う。

 

「でもな、ここでコーヒー飲んで、味が苦いって分かってるうちは、大丈夫やと思うで」

 

俺は、ようやく一口飲んだ。

苦い。

でも、嫌じゃない。

 

外では、いつも通りの朝が流れている。

事件も、戦いも、まだ始まっていない。

それでも、何かが動き出す予感だけが、確かにあった。

 

カップを置き、息を整える。

俺はまだ、人の側にいる。

少なくとも、今は。

 

――だから、もう少しだけ、ここにいよう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。