少し前の戦いから数日後、俺は行動していた。
夜の港湾地区は、人の気配がほとんどなかった。
立入禁止のフェンス、錆びたクレーン、止まったままの倉庫群。選んだのは、俺だった。あの時の敗北から、頭の中で何度も反芻した結論――守る対象がいる限り、俺は勝てない。それは弱さじゃない。ただの条件だ。なら、その条件を最初から排除するしかない。
安堵が、まだ胸の奥に残っている。
生きている。
あの武人の前で、俺は殺されなかった。
それが救いであると同時に、次はないかもしれないという現実でもあった。
「……来ると思ってた」
背後で、気配が立つ。
振り返らなくても分かる。歩幅、呼吸、重心の置き方。
ゴ・ガドル・バだ。
「リントの匂いがせん。よい場を選んだな」
声は低く、澄んでいる。
評価だ。俺が逃げず、条件を整えたことへの。
「ここなら、誰も巻き込まれない」
「それは、勝つためか」
「……負けないためだ」
短い沈黙。
それだけで、十分だった。
戦いは、青から始まった。
踏み込まず、触れさせず、角度だけを変える。間合いを刻み、打たせて外す。ガドルの拳が空を切るたび、床の振動と風圧が遅れて届く。当てさせない。それだけに集中する。市民はいない。庇う必要もない。だから、退ける。
「よい。だが、それでは終わらぬ」
分かっている。
青は、時間を稼ぐ色だ。勝つ色じゃない。
読み合いが進む。
一度、足を取られた。二度、肩をかすめた。三度目で、俺は跳んだ。距離を取る。呼吸を整える。ここまでは想定内だ。場所を選ぶという一点で、俺は前回より長く立てている。
だが、確信が生まれ始めていた。
このままでは、いずれ追いつかれる。
経験差は、削れても消えない。
その瞬間、胸の奥で別の鼓動が強まる。
白――ゼネラリスト。
金の力が、縁をなぞる。
「……来るか」
ガドルの声が、少しだけ低くなる。
待っていたのだ。俺が“踏み込む”瞬間を。
切り替えは一瞬だった。
青から白へ。思考より先に、身体が選ぶ。
金が混じる。出力が跳ねる。踏み込みの速度が変わる。
掴む。
それだけを狙う。
拳を捨て、距離を詰め、腕を伸ばす。ガドルの肘が入る。痛みが走る。それでも止まらない。掴めば終わる。白の論理だ。肩口を掴んだ瞬間、相手の体勢が崩れる。床が鳴る。息が詰まる。俺は離さない。
「……それで来たか」
声は、どこか楽しげだった。
その無邪気さが、背筋を冷やす。
金の力が、さらに押し上げる。
一瞬で終わらせられる。
そう囁く感覚が、確かにある。
だが――
このやり方は、危うい。
白は楽だ。
だから、戻れなくなる。
俺は歯を食いしばる。
今は、まだ。
掴んだまま、踏ん張る。
終わらせない。けれど、離さない。
この境界に立つ。
ガドルは力任せに振りほどこうとしない。
代わりに、確かめるように重心を預けてくる。
「その白……勝てる。だが、代償も大きい」
「分かってる」
声が震えないのが、逆に怖い。