五代は、静かに立っていた。
黒と黄金に覆われた身体の奥で、二つの鼓動が重なり合っている。宮崎の意思と、自分自身の意志。その両方が、今この瞬間のためにここに在る。
目の前のン・ダグバ・ゼバは、その姿を見つめ、ゆっくりと唇の端を吊り上げた。
「……いいね。とても、いいよ」
低い声が、夜気に溶ける。
「その顔、その力……やっと“遊べる”ところまで来たんだ」
五代は何も答えない。
視線だけを、まっすぐにダグバへ向ける。
ダグバは肩をすくめるように笑った。
「黙ったまま? つれないな。せっかく君の中に、僕の欠片が入ってるのにさ」
そう言いながら、右手をゆっくりと翳す。
指先が宙をなぞると同時に、空気が歪み、熱が生まれた。
「じゃあ、まずは……これで挨拶しようか」
次の瞬間、業火が噴き上がる。
轟音と共に炎が五代を包み込み、火柱が天へと伸びる。地面の石が赤く熔け、爆ぜる音が連続した。
「ほら、ほら……どうだい?」
炎の向こうから、楽しげな声が聞こえる。
「究極って、燃えるんだね。中まで、ちゃんと焼けるかな?」
だが、五代は止まらない。
一歩、踏み出す。
炎が装甲を舐める。黄金の光が走り、熱を弾く。
二歩目。火柱はさらに膨れ上がり、爆風が周囲を薙ぐ。
「……あれ?」
ダグバが小さく首を傾げた。
「効いてない?」
三歩目。
炎は嵐のように渦巻くが、その中心から、黒と金の影が浮かび上がる。
五代の歩みは一定だった。呼吸も乱れない。
まるで、炎そのものを背景にして歩いているかのように。
「へえ……」
ダグバの笑みが、ゆっくりと歪む。
「いいよ、いいよ……その顔だ。その“何も言わない顔”が、一番楽しい」
残り、三歩。
「怒ってるの?」
一歩。
「悲しいの?」
二歩。
「それとも……君の中の彼が、必死なのかな?」
五代は、最後の一歩を踏み出した。
腰を沈め、拳を引く。筋肉が一斉に収縮し、全身の力が一点に集まる。
ダグバは、その動きを見て、声を弾ませた。
「来た……!」
――ドォンッ!!
雷鳴が夜空を裂いた。
拳が突き出されると同時に、五代を包んでいた炎が一瞬で消え去る。衝撃波が空間を押し潰し、爆音が遅れて叩きつけられる。
「――あはっ」
殴られる直前、ダグバは笑った。
次の瞬間、その身体が音を立てて吹き飛ぶ。
宙を裂き、夜空を横切り、遺跡の方角へ一直線に。
――ゴォォォン!!
九郎ヶ岳遺跡の石壁に激突する轟音が、山々に反響する。
五代は、拳をゆっくりと下ろした。
言葉はない。息だけが、静かに白く漏れる。
その場で脚に力を込める。
大地が砕け、雷鳴と共に身体が跳ね上がった。
――バァァンッ!!
白い稲妻の軌跡を引きながら、五代は夜空を貫き、ダグバの落ちた九郎ヶ岳遺跡へと飛ぶ。
背後で、微かに、あの声が残響する。
「……いいよ……最高だ……まだ、終わらないよ……」
九郎ヶ岳遺跡の崩れた石段に、雷鳴が二度、重なって落ちた。
稲妻の尾を引きながら五代が着地すると、地面の苔が一斉に焼け焦げ、石の割れ目から白い蒸気が噴き上がる。黒と黄金の装甲は、呼吸に合わせて微かに発光し、全身に走る雷紋が生き物の血管のように脈打っていた。
数歩先、瓦礫を押しのけてン・ダグバ・ゼバが立ち上がる。
裂けた装甲の隙間から、赤黒い光が漏れている。だが、唇の端はまだ笑っていた。
「……いいね。ここまで来たのは、久しぶりだ」
五代は無言で、両腕をゆっくりと前に構える。
掌の奥で、雷が凝縮する感覚がはっきりと分かる。
次の瞬間、両手の光が一気に形を結んだ。
右手には剣。
厚みのある刀身に、黄金の稲妻が蛇のように絡みつき、刃の縁を走る。
左手には刀。
細く反った刃に、白雷が層を成してまとわりつき、刃鳴りのような高音を発している。
五代は一歩、踏み込んだ。
――バァンッ!!
雷鳴と同時に地面が砕け、遺跡の空気が爆ぜる。
次の瞬間にはもう、ダグバの懐だった。
交差する二閃。
剣が上から、刀が下から。
雷光が弧を描き、刃が肉と装甲を裂く。
――ザァァンッ!!
切断音と同時に、稲妻が傷口から噴き出した。
電撃が内部に流れ込み、ダグバの身体を貫く。
「……っ!?」
初めて、ダグバの声が喉で詰まった。
驚きに見開かれた瞳。
自分が“斬られた”という事実が、理解に追いつかない。
だが、次の瞬間には笑みを無理に作り、反射的に回転蹴りを叩き込む。
――ゴォンッ!!
空気が潰れ、衝撃波が遺跡の柱を揺らす。
五代は受け止めない。
剣と刀を、同時に変形させた。
剣の刀身が砕けるように分解し、雷を纏いながら一本の棒へと伸びる。
内部で金属音が連続し、節が連なり、表面を稲妻が走る。
刀は、刃が円を描くように折れ曲がり、数瞬で完全な輪――チャクラムへと姿を変える。
縁には鋸歯状の雷刃が浮かび、回転と同時に電光が尾を引く。
蹴りを棒で受け流し、反動で身体を浮かせ、チャクラムを斜めに振り上げる。
――ギィィンッ!!
金属音と雷鳴が重なり、チャクラムの縁がダグバの胸を切り裂く。
切断面から電撃が噴き出し、ダグバの身体が宙へと跳ね上がった。
「……は……は……っ」
笑おうとした声が、震えた。
五代は、落ちる影を見上げながら、左手のチャクラムを再構成する。
輪が崩れ、雷が中心に吸い込まれ、黒い鉄球へと凝縮される。
表面には無数の稲妻が走り、轟音を発しながら回転を始めた。
――ドォォンッ!!
投擲と同時に雷が炸裂し、鉄球が空間を歪めながら直進する。
ダグバの胴体に直撃した瞬間、衝撃波が球状に広がり、遺跡の壁がまとめて崩れ落ちた。
「ぐ……っ……!」
空中で身体が折れ、呻きが漏れる。
五代は止まらない。
右手の棒を引き、内部構造を展開させる。
節が開き、弦が張られ、雷光が一本の矢へと凝縮される。
ボウガン。
照準を合わせる刹那、雷が五代の全身を貫いた。
――バァァンッ!!
放たれた矢は、雷そのものだった。
空気を焼き裂き、光の線となってダグバの胸を撃ち抜く。
血と電光が同時に噴き出し、身体が重力に引きずられて落下する。
ドォォン……。
瓦礫の上で、ダグバは転がりながら止まった。
その身体に、複数の紋章が次々と浮かび上がる。
封印の兆候。だが、不完全。
「……あ……は……は……」
笑おうとした唇が、引きつった。
五代は、武器を消し、ただ走り出す。
一歩ごとに雷鳴。
大地が割れ、石が宙を舞う。
速度は限界を越え、空気が白く裂ける。
跳躍。
夜空を貫き、一直線に突進する。
空中で脚を引き、全身の雷を一点に集める。
その背後に、光が重なった。
紫の影。
仮面ライダーダグバ――宮崎の幻影。
二人は、同じ角度で、同じ動きで、同時に脚を振り抜いた。
「行くよ、宮崎君」
――ドォォォォォンッ!!!
雷が天と地を貫いた。
二つのマイティキックが重なり、衝撃波が遺跡全体を包み込む。
ダグバの身体が真っ直ぐに貫かれ、内部から光が爆発した。
その瞬間、ダグバの瞳から、完全に笑みが消えた。
理解したのだ。
これは遊びではない。
これは――終わりだと。
次の瞬間、紋章が砕け、肉体が光と雷と闇に分解され、夜空に爆散した。
静寂。
五代は着地し、膝をついた。
雷は消え、遺跡に残ったのは、崩れた石と、冷たい風だけだった。
二人の戦いは、ここで終わった。