前世を思い出して生き方を見直す日々   作:naoki2525

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第九話

「売ってる場所は心当たりあるのか?」

 

 

 

俺がそう尋ねると、リサはにやりと笑い、得意げに指をくいっと動かしてみせた。

 

 

 

「誰だと思ってる。こう見えて、こっちの街にはちょっと詳しいんだぜ?」

 

 

 

その軽口に苦笑しながらも、俺は素直に彼女の後を追う。

 

歩き出すリサの足取りは軽やかで、何やら本当に楽しそうだった。

 

 

 

俺たちは再び、賑わいの絶えない市場通りへと足を踏み入れる。

 

真夏の太陽は容赦なく頭上から降り注ぎ、じりじりと肌を焼くようだ。

 

それでも、通りは活気に満ち、商人たちの威勢のいい掛け声、香辛料の刺激的な香り、果実の甘い匂いが入り混じって、生命力そのもののような空気が広がっていた。

 

 

 

「ここのレモンは質がいいぜ」

 

 

 

リサが足を止めたのは、小さな果物屋だった。

 

陽に焼けた木の屋台に、鮮やかな黄色のレモンが山のように積まれている。

 

どこか懐かしさすら感じさせる、古い八百屋のような店構えだ。

 

 

 

俺は立ち止まり、しばし考え込む。

 

騎士団の人数は正確には把握していない。ただ、大量に買うわけにもいかない。

 

帰りは馬だ――荷物が増えればそれだけ負担もかかる。加減が難しい。

 

 

 

「……レモンを五個くれ」

 

 

 

声をかけると、果物屋の女主人は顔を上げ、俺を一目見て小さく目を見開いた。

 

だが、すぐに柔らかく微笑む。

 

 

 

「はいよ。かっこいいお兄さんだから一個おまけね」

 

 

 

リサが横で吹き出すように笑う。

 

 

 

「へぇ、貴族様もなかなか人気者だな」

 

 

 

「……いや、俺にじゃないだろ」

 

 

 

苦笑しながらも、なんとなく悪い気はしない。

 

おまけの一個は、きっとリサの顔なじみだからだろう。

 

貴族の俺が隣にいるのに、物怖じせず軽口を叩ける相手――そういう繋がりのある場所なんだろうな。

 

 

 

袋に入れられたレモンを受け取ると、手のひらにひんやりとした重みが伝わる。

 

 

 

「さて、次は……スライムの蜜だな」

 

 

 

リサは肩越しに振り返り、にやりと笑う。

 

 

 

「任せとけって。そっちも、いい店知ってる」

 

 

 

リサが楽しげに言い、まるで宝探しにでも出かけるような足取りで先を行く。

 

俺たちは再び真夏の陽射しの下、市場の雑踏を抜けて歩き出した。

 

 

 

だが、歩を進めるにつれて、人通りは徐々にまばらになっていった。

 

喧噪はいつの間にか背後に遠ざかり、通りの色もにじむように褪せてゆく。

 

気づけば、俺たちは薄暗い路地裏に足を踏み入れていた。

 

 

 

石畳はところどころひび割れ、苔が張りついて滑りやすそうだ。

 

古びた建物が壁のように並び、窓のほとんどは閉ざされ、陽射しも遮られている。

 

湿った空気と、どこか澱んだ匂い――まるで別の街に迷い込んだかのような静けさが広がっていた。

 

 

 

「……道に迷ったのか?」

 

 

 

足を止め、軽く眉をひそめながら、呆れたようにリサに問いかける。

 

 

 

すると、リサはふっと口角を上げ、振り向いた。

 

その目には悪戯っぽい光が宿っている。

 

 

 

「いいや、合ってるよ、ここで。――まったく、こんな場所までついて来るなんてな。注意したんだがな、警戒心が低すぎるって」

 

 

 

その声はどこか艶めいていて、冗談か本気か判別しにくい。

 

俺の目をじっと見つめながら、リサはわざとらしく距離を詰めてくる。

 

薄暗い通りに、二人きり。

 

路地に射す陽の名残はなく、壁に貼りつくような冷たい影だけが、静かに周囲を染めている。

 

 

 

軽く触れ合うほどの距離。

 

その空間には、少しだけ湿った空気と、リサの髪からふわりと漂う香りがあった。

 

 

 

「冗談はいい。歩き疲れてるんだ、さっさと行け」

 

 

 

「なんだ、びびりもしないか」

 

 

 

リサは肩を少しだけ揺らし、口元を吊り上げる。

 

ほんのわずか、試すような声音だった。

 

 

 

「信用しているからな」

 

 

 

淡々と返すと、リサは肩をすくめ、再び歩き出す。

 

 

 

「かっこよすぎるぜ、ミズキ様」

 

 

 

そう言いながら、リサは軽やかに背を向け、歩き出す。

 

その後ろ姿はどこか楽しそうで、風に揺れる髪がさらりと踊る。

 

 

 

かっこいい、か。

 

悪い気はしない。いや、嬉しい。前世はモテなかったのだ。

 

 

 

「嬉しいことを言ってくれるな」

 

 

 

そう言うと、リサはちらりと横目で振り返り、ニヤリと笑う。

 

 

 

「なんだ? 前にも褒めた時、ちょっと反応してたよなぁ。――もしかして、褒められんの好きなのか?」

 

 

 

からかい混じりの声音に、少しだけ目を細めて返す。

 

 

 

「まあな」

 

 

 

前世からずっと俺は、褒められて伸びるタイプだ。どんどんほめろ。

 

 

 

リサは一瞬、目を瞬かせた。そして、こらえきれないといった様子で吹き出すように笑った。

 

 

 

「そんな自信満々で言われてもなぁ」

 

 

 

笑い声が路地に軽く響き、閉ざされた空間がふっと緩む。

 

 

 

「それで、まだつかないのか」

 

 

 

わずかに歩き疲れた足を気にしながら問いかけると、リサは肩越しに振り向き、唇を吊り上げる。

 

 

 

「もうすぐそこだ。ほら、目の前」

 

 

 

視線の先、細い路地の突き当たりには、古びた木扉が一枚。

 

看板もなく、ただの民家にしか見えない。

 

これ、店じゃないよな?

 

 

 

「ここ、正規の店か?」

 

 

 

訝しげに問うと、リサはふっと肩をすくめ、気軽な口調で答えた。

 

 

 

「店じゃないぞ。私の幼馴染の家だ。趣味で魔物を育てててな――多分、蜜もあると思う」

 

 

 

「それ、犯罪じゃないよな?」

 

 

 

眉をひそめて問い返す。

 

重ねて問いただす。さすがにまずい場所だったら困る。

 

一応、俺はこの街の領主の息子だ。

 

世間体も、最低限は気にしなければならない立場だ。

 

 

 

リサは一瞬きょとんとした顔をしてから、口元だけでくくっと笑った。

 

 

 

「さすがに違法なもんは扱ってないさ。――まあ、あいつはちょっと変わり者だけどな」

 

 

 

リサは悪びれる様子もなく、肩を軽くすくめる。

 

本当に大丈夫かよ――内心で疑念を抱きながら、俺は小さく息を吐いた。

 

一応、俺はこの街を治める家の人間だ。軽率な行動で面倒事に巻き込まれるわけにはいかない。

 

半ば覚悟を決め、俺は無言のまま古びた木扉の前に立つ。

 

 

 

「勝手に開けていいぞ、ノックしても出てこない奴だ」

 

 

 

リサは投げやりな口調で言い、手をひらりと振る。

 

俺は一度だけ静かに息を整え、扉に手をかけた。

 

 

 

ギィ――と、軋む音が静かに響く。

 

陰気な相手なのだろうか――そんな考えが頭の隅をよぎる。

 

 

 

中は――薄暗かった。

 

窓はあるが、カーテンがかけられており、差し込む光はわずかだ。

 

鼻をかすめるのは、薬草のような、土のような、どこか湿った香り。

 

 

 

足元には土が敷き詰められ、所々に大小さまざまな鉢植えが置かれている。

 

薬草や見慣れぬ花々が無造作に生い茂り、部屋というより温室のような印象さえ受けた。

 

 

 

「……おい、本当に大丈夫なんだろうな」

 

 

 

思わず漏れた声に、後ろからリサがくくっと小さく笑う。

 

 

 

「平気だって。あいつは見た目こそ怪しいが、根は善人だ。」

 

 

 

物陰からどろりと液体のような個体のようなものが流れ落ちた。

 

掌に収まるほどの小さな体躯。半透明の青みがかったスライムだ。

 

その内部には、濃い青色の液体がとろりと揺れているように見え、光を受けて淡く煌めく。

 

 

 

見た目は不思議と愛嬌があり、ふにゃふにゃと不規則に揺れる様子は、どこか生き物というより、生命の宿った宝石のようでもある。

 

 

 

「スライムは本来緑色だ。野生のは基本的に草木を食うからな」

 

 

 

ということは食うものによって色が変わるのだろうか。

 

 

 

ゆるり、スライムは俺たちに向かって進んでくる。

 

抵抗は――ない。人に慣れているのだろうか。

 

 

 

「持ち主は奥だよ。スライムに餌やってるはずだ。入っちまえよ、ミズキ様」

 

 

 

リサは軽い調子で促すが、俺は警戒を解かぬまま、一歩、また一歩と足を踏み入れる。

 

やがて、薄闇の中からもう一つ、人影が現れた。

 

 

 

小柄な人物だ。子供かと思いきや、リサが幼馴染だと言っていたことを思い出す。きっとそういう体格なのだろう。

 

 

 

その人影は、魔女のような長い黒いローブを纏い、大きな三角帽子をかぶっていた。静かな佇まいが不思議な存在感を放っている。

 

 

 

「形から入るタイプなんだよ。魔力は使えないんだ」

 

 

 

リサが小声で教えてくれる。

 

 

 

「聞こえてるよ」

 

 

 

魔女装束の少女は俺たちの会話に割り込み、ゆっくりと近づいてきた。

 

 

 

「リサの彼氏か?」

 

 

 

突然の問いかけ。

 

服装を見れば普通は貴族と護衛と分かるはずだが……これはツッコミを求めているのか、それとも軽い冗談に付き合えということか?

 

 

 

「そうだ」

 

 

 

淡々と告げると、魔女装束の少女は目を見開き、信じ難いものを見るような表情で、その場に尻もちをついた。

 

 

 

「そ、そんな……リサは私と同じく、独身を貫くものだと……信じていたのに……」

 

 

 

声まで震わせ、大げさなほどの嘆きを見せる。

 

 

 

何か言えよ――そう目で訴えたつもりだったが、当の本人は腕を組み、口元をわずかに吊り上げ、どこか勝ち誇ったような顔を浮かべていた。

 

 

 

「――まあ、私も捨てたものじゃないってことだな」

 

 

 

リサが勝ち誇ったように肩をすくめる。

 

 

 

「茶番はこのぐらいにしようか」

 

 

 

少女が歩いた先には、装飾らしいものは一切なく、用途を満たすことのみに徹した、簡素な木製のテーブルと四脚の椅子が並んでいた。

 

 

 

「座っていいよ。貴族様も、ぜひどうぞ」

 

 

 

どうやら俺を貴族だとは認識していたらしい。

 

 

 

「助かる。それと、俺に敬語はいらん」

 

 

 

椅子を引きながら、何気なくそう告げた。

 

ほんの軽い調子で言ったつもりだったが――

 

 

 

少女の肩がぴくりと跳ねた。

 

驚きが、そのまま顔に出る。目を見開き、口を小さく開け、声を出しかけて止める。

 

 

 

「……え? いや、それはちょっと……」

 

 

 

戸惑いが明らかに滲んでいる。

 

視線が定まらず、所在なげに揺れ、やがてちらりとリサの方へ助けを求めるような目線を投げた。

 

その仕草はどこか小動物めいていて、警戒と興味のあいだで揺れている。

 

 

 

「気にすんな。ミズキ様は、多少の無礼は気にしない」

 

 

 

リサが肩をすくめ、気軽な調子で言葉をかける。

 

その声には、妙な信頼感がこもっていた。

 

まるで「私は知ってるよ」と言外に語るような、そんな含みを持って。

 

 

 

少女はしばらく黙っていたが――やがて、ほんの少し目を丸くし、それからふっと息を吐いた。

 

 

 

「へぇ……そうなんだ? ……貴族なのに、変わってるね」

 

 

 

俺はそんな彼女の姿を見つめつつ、目の前の少女の服装へと視線を移す。

 

 

 

「お前ほどじゃない」

 

 

 

自然と出た一言だった。からかうような軽い調子ではあったが、どこか率直な本音も混じっていた。

 

 

 

すると、すぐ隣でリサが思わず吹き出しそうになり、肩を震わせて笑いをこらえている。

 

その横顔は実に楽しげで、口元を手で覆いながら、にやにやとこちらを見てきた。

 

 

 

一方で、少女はわずかに目を見開いたまま沈黙し、自分の装束をちらりと見下ろす。

 

 

 

「……それよりもさ、リサが男の人を連れてきたから、ちょっと驚いたよ」

 

 

 

少女も思うところはあったのだろうか、話題を逸らす。

 

 

 

「どういう関係なんだい?」

 

 

 

その問いかけに、リサはやれやれと言わんばかりに腕を組み、わざとらしくため息をついた。

 

 

 

「ただの護衛だよ。面白いことがあると思ってついてきたのによ、ふたを開けてみりゃ買い物の荷物持ちさ」

 

 

 

肩をすくめるリサの様子は、文句を言っているようで実は楽しんでいる。

 

 

 

「それでお金が稼げるなら、いいじゃないか」

 

 

 

少女ががそう返すと、リサは鼻で笑った。

 

 

 

「世の中、金じゃねーんだぜ?……まあ、もらえるならありがたく受け取るけどな」

 

 

 

その返しに、少女はくすっと喉の奥で笑い、肩を少しすくめた。

 

目元は柔らかく緩んでおり、遠慮のないやりとりができる相手――という安心感が伺える。

 

 

 

「リサらしいね」

 

 

 

二人のやりとりは、言葉の端々に信頼と気安さがにじんでいて、そこに割り込むにはいささか場違いな気がした。俺は黙って、湯気の立つ木のカップに手を伸ばす。

 

 

 

ふと、少女が俺の方に顔を向け、少しおどけた口調で言った。

 

 

 

「かっこいい貴族様なんて、まるで小説の中の人みたいだね」

 

 

 

彼女は天井を仰ぐように顔を上げ、目を閉じて空想の世界にでも浸っているようだった。だが、その口調はどこか茶化すようでもあって、俺に向けられた言葉だとすぐに気づく。

 

 

 

「安い内容だな」

 

 

 

少女は目を開けると、ふっと笑みを浮かべる。

 

その顔には、からかいと楽しさが混ざっていた。

 

 

 

「大衆向けは大体そんなもんだよ。尖りすぎたら面白くないし。よく言えば王道だよ」

 

 

 

言いながら、肩を小さくすくめる。

 

そこに悪びれた様子はなく、むしろそれが好きだとでも言いたげな表情だった。

 

 

 

「俺は小説をあまり読んだことがない」

 

 

 

この世界のものはな。

 

 

 

「そうなのかい?面白いよ? いろんな物語があってさ。魔法の使い方一つでも、物語にすると奥深くなるんだから」

 

 

 

机の上で指先を滑らせながら語る。

 

その表情はどこか陶然としていて、まるで本のページをめくる音が、今そこにあるかのようだった。

 

 

 

だがその隣で、リサがひょいと茶を飲みながらぼそりと口を挟む。

 

 

 

「ミズキ様、女向けの小説はやめときな。楽しめないと思うぜ。ああいうの、感情の動きばっかで展開もふわふわしてるし」

 

 

 

声音はどこかあっさりとしていたが、明らかに好みに合わなかったのだろう。

 

肩をすくめながら、少しだけ顔をしかめるような仕草をする。

 

 

 

「そんなことないよ」

 

 

 

少女はすぐに反論する。

 

声の調子は穏やかだが、その瞳には真っ直ぐな意志が宿っていた。

 

 

 

「感情がわかるって、すごく大事なことだし。ほら、小説の中の貴族様って、ちょっと大胆で、不器用で、でも優しいでしょ? 貴族様も、そういう振る舞いをすれば、周りの女性はみんな落とせると思うよ」

 

 

 

口調は軽く、冗談めかして笑ってみせるが、どこかに本気の響きが混ざっている。

 

俺は静かにカップを置くと、言葉を選びながら口を開いた。

 

 

 

「それは……物語の中だから成立する話だ」

 

 

 

断言するでも否定するでもなく、あくまで一つの見解として述べたつもりだった。

 

だが、少女はすぐさまその考えに首を振る。

 

 

 

「そんなことないよ。現実でも通用すると私は思うね」

 

 

 

椅子の背に軽く身を預けながら、いたずらっぽく笑った。その目には、ただの冗談以上の光が宿っていた。

 

 

 

「どうだかな」

 

 

 

「それじゃあ私が壁際によるからさ、貴族様は壁まで私を追い込んで甘い言葉でも吐いてよ」

 

 

 

さらりと言い放ちながら、エリルは椅子を引いて立ち上がり、本当に壁際まで歩いていった。背中をぴたりと木壁に預け、両手を後ろに回して視線をこちらに投げる。

 

 

 

「……はあ、甘い言葉はなんていえばいい?」

 

 

 

面倒だと思いつつも、楽しんでいる自分もいる。

 

この世界にも壁ドンってあるんだな……なんて、前世の知識がふとよぎる。

 

それも、だいぶ古いネタじゃなかったか? なんて考えが頭をかすめ、少しだけ苦笑が漏れる。

 

 

 

「そうだね。一生そばにいろ、とかでいいよ」

 

 

 

少女があっけらかんと言う。

 

その小さな顔に浮かぶ笑みは、どこか期待といたずらが混ざっていた。

 

 

 

「ほんとにやるのかよ。断ってもいいんだぜ?ミズキ様」

 

 

 

リサが横から茶化すように言う。

 

 

 

「ダメダメ、ここまで来たら付き合ってもらうよ」

 

 

 

少女は胸を張って言った。

 

 

 

「ほら、物語の真似をしても気持ち悪がられないって証明してあげる」

 

 

 

なかなか難しい証明だ。

 

前世のドラマでさえ芝居がかった言動は白けることもあるのにな。

 

 

 

「ほら、はやくはやく」

 

 

 

急かすように言いながら、少女は頭に乗せていた三角帽子をそっと外し、それを両手で胸の前に抱えた。

 

小柄な体を壁際に寄せ、まっすぐにこちらを見上げる。

 

 

 

俺は立ち上がり、無言で歩を進める。距離を詰めるたびに、少女の瞳の奥に浮かぶ光が揺れる。

 

そして、彼女を囲うように壁に手をつく。

 

顔の距離をじわじわと詰めながら、声を低く落とす。

 

 

 

「……一生、そばにいろ」

 

 

 

低く抑えた声で、言葉を落とす。意外にも、俺の声はさほど震えていなかった。

 

少女の肩がわずかに震えた。だがそのまま、ぽつりと呟く。

 

 

 

「……そのまま、愛してる、エリルって、言ってくれないかい?」

 

 

 

目がほんのり見開かれ、頬がわずかに紅く染まった状態でお願いしてくる。

 

俺も恥ずかしいんだが。

 

 

 

「愛してる。エリル」

 

 

 

その瞬間、少女の目が見開かれたかと思うと――

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

少女は、そのまま、まるで我を忘れたように俺の胸へ飛び込んできた。

 

細い腕が背中に回り、頬が俺の胸元に触れる。香草のような香りがふわりと鼻をくすぐった。

 

 

 

「おい、ばか、なにやってんだ!」

 

 

 

リサの声が鋭く空気を裂いた。ぴしりと場が凍る。

 

反射的に振り返ると、彼女は本気の顔をしていた。

 

その声と同時に、彼女は素早くエリルの身体を引きはがす。

 

乱暴ではないが、容赦もない動きだった。

 

 

 

「わっ……!」

 

 

 

小柄な身体はなすすべもなく後ろへ引き離され、エリルはそのまま床に尻もちをついた。

 

三角帽子が床に落ち、ころりと転がる。

 

 

 

「ご、ごめんね……その、本当に、かっこよかったから……」

 

 

 

少女は恥ずかしそうに俯きながらも、しっかりと謝った。

 

頬はまだ真っ赤で、視線は落としたまま。

 

リサは盛大にため息をついたあと、少し低い声で言った。

 

 

 

「貴族に抱き着くのは冗談でもやめてくれ。牢獄ものだぞ」

 

 

 

リサの言葉に、思わず俺は心の中でぼやいた。

 

――昼間、お前だってやたら距離詰めてきただろ。

 

苦笑しそうになるのをこらえて、口に出すのはやめておいた。

 

下手に言えば、また面倒な小競り合いになりそうだった。

 

 

 

「俺は気にしていない」

 

 

 

静かにそう告げると、リサは一瞬だけ俺を見て、それからふっと目を逸らした。

 

 

 

「……まあいいや、座ろうぜ」

 

 

 

リサはため息まじりに言いながら、転んだエリルに手を差し伸べる。

 

エリルは照れくさそうに笑いながら、その手を取って立ち上がった。

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